残業しろは嫌だけど、残業するなも困る日本の本質

<情報工場 「読学」のススメ#32>なぜ、残業はなくならないのか

**仕事を“効率化”するだけでは解決しない  電通の痛ましい過労自死事件などをきっかけに、残業削減をはじめとする「働き方改革」が喫緊の課題として一般に認識されるようになってきている。今年3月には、政府の「働き方改革実現会議」が、長時間労働是正や同一労働同一賃金などを盛り込んだ実行計画をまとめている。  働き方、とくに残業削減に向けての対策は、しばしば「生産性」の問題と結びつけて語られる。だがその際に「生産性」という言葉が、単に「効率よく仕事をこなすこと」とイコールだと思い込まれているケースも多いようだ。  本来「生産性を上げる」ということは、より短時間で、それまでと同じかそれ以上のアウトプットを達成することを意味する。それなのに、アウトプットはどうでもよく、とにかく無駄なくテキパキと仕事をすることだと勘違いされがちなのだ。  効率性を上げる策としてよく言われるのに「ダラダラした会議をなくす」「メールチェックはまとめてする」といったものがある。しかし、これらに違和感を抱く人も少なくないのではないか。  たとえば会議を短時間で終わらせ、頻度を減らすのにも成功したとする。他にも効率化の努力をした結果、仕事が短時間で終わるようになった。しかし、それで早く帰れるようになるかというと、そうは問屋が卸さない。「時間があるのなら」と、別の仕事を振られたりする。結局、効率化のプレッシャーに増えた仕事の負担が加わり、以前よりも精神的、肉体的にキツくなってしまう……。  また、とくにクリエイティブな仕事などでは、量よりも質が重視される。案件によって要求される質のレベルが異なり、かかる(かけられる)時間もさまざまだったりもする。そのような仕事では、単純に効率的な方法を追求するだけでは意味がないだろう。短時間でこなせても、アウトプットの質が下がりクライアントが納得しなければ、仕事自体なくなりかねない。  長時間労働是正の問題を解決するには、画一的な方針やルールを定めるだけでは不十分なのだ。いくら残業時間の上限を定めたところで、こなさなくてはいけない仕事の量や、仕事のやり方、任せ方が変わらなければ、サービス残業や持ち帰りが増えるだけではないか。  そうした問題提起をしているのが、本書『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)だ。著者の常見陽平さんは「働き方評論家」の肩書きで活躍しており、テレビなどメディアへの露出も多い。リクルート、バンダイなどでの勤務を経て、現在は千葉商科大学国際教養学部専任講師も務めている。  常見さんは本書で、厚生労働省の『平成28年版過労死等防止対策白書』に掲載された調査結果などを引きながら、残業の発生原因が、個々人の能力や工夫に関するものではなく、仕事のあり方や量によるものであることを指摘している。雇用者、被雇用者双方に残業が発生する原因を尋ねる質問への回答で、「業務量が多いため(人員が足りないため)」「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」「予定外の仕事が突発的に発生するため」といった、個人の努力ではいかんともしがたい理由が上位になっているというのだ。身につまされる人も多いのではないだろうか。  さらに仕事の任せ方について、欧米では「仕事に人をつける」ジョブ型が多いのに対し、日本では「人に仕事をつける」メンバーシップ型が多数派であるとも言っている。これは、どちらが上ということではない。メンバーシップ型には、マルチタスク化、多能工化が進む、あるいは、多種の仕事をこなすことで多様な視点得られるといったメリットがある。ただ、後者ではどうしても仕事量が増え、残業を誘発しやすいのは確かだという。  常見さんは、これらを踏まえ、今の日本企業にとって残業は「合理的」なものであると喝破する。残業は、人員を増減することなく仕事の繁閑に柔軟に対応する便利なシステムだというのだ。  だが常見さんは、残業を肯定しているわけでは決してない。あくまで、合理的なシステムであること、個人の努力だけではどうにもならないことなどをしっかりと認識した上で議論すべきと言っている。では、どうすればいいのか。  常見さんは「働き方改革実現会議」の議論は「改革」ではなく「改善」のレベルにすぎないと手厳しく批判。もっと踏み込んだ「業務量」「仕事の任せ方」についての検討の必要性を強調している。  本書では、その上でいくつかの具体的な提案もなされている。二つ紹介しよう。  一つは、トヨタ自動車の、かの有名な「トヨタ生産方式」を労働時間短縮に生かすというものだ。トヨタでは、徹底して「はかる」ことをしている。何でも細かく「はかる」ことで、数値化、「見える化」する。たとえばある作業をビデオで撮影してどの動きに何秒かかっているかを計測し、「3ムダラリ(ムリ、ムラ、ムダ)」がないかをチェック。その結果をもとに、実効性のある改善プランを立てていくのだ。  もう一つは、常見さんが「予約のとれない寿司屋モデル」と呼ぶ方法。顧客にルールを提示し、仕事の絶対量ややり方を調整する、というものだ。例として、あるデザイン事務所では「仕事と家庭の両立」を理解してくれるクライアントとのみ仕事をしているのだそうだ。実際の仕事のプロセスではクライアントとのコミュニケーションを密にし、できる限り一発OKが出るように仕事をしている。受注ルールを明確にすることで、仕事のやり方を調整し、アウトプットの質を上げるのにも成功しているケースだ。  トヨタのように徹底した管理をするか、「寿司屋モデル」のように顧客に協力してもらうか。業種や職種、企業の状況や体力などによって、どちらを選ぶかは変わってくるだろう。残業時間上限などを画一的にルール化するのではなく、まずは自社や自身の状況や事情、能力を把握し、それぞれに合った対策を考えていくべきではないだろうか。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部) 『なぜ、残業はなくならないのか』 常見 陽平 著 祥伝社(祥伝社新書) 256p 800円(税別)

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