【南場智子】「平成時代の経営者としての反省がある。リアルとITで世界へ」

横浜DeNAベイスターズのオーナーになって見えてきたこと

 ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)はサイバー空間で大きく成長した企業だ。そのDeNAが2012年にプロ野球の球団を取得し、街づくりにまで関わる「コミュニティボールパーク化構想」を発表し、2019年には本拠地球場の横浜スタジアムを拡張。また横浜市と地域経済活性化等に向けた協定を結ぶなどリアルの世界に積極的に進出している。公共的な施設の維持や発展に、ITの力を活用できないか。同社の創業者で会長の南場智子氏に聞いた。  ー南場さんは横浜DeNAベイスターズのオーナーであるだけでなく、横浜スタジアムを核とした街づくりにまで挑戦しています。そもそも、横浜には縁があったのですか?  「いいえ、何もないんです(笑)。球団を持ってから横浜の可能性の大きさを痛感しました。歴史があり、経済規模も大きい。加えて市民性がとてもオープンなんです。港町のためか、新参者にとても優しくて、球団を愛してくれる。その感謝の意味もありますし、ビジネスとしての可能性も感じました」  ーゲームなどエンターテインメント領域で成功したDeNAがプロ野球に進出したのは、新たなコンテンツが狙いでしたか?  「全く脈絡のない話で、ある幹部の純粋な野球愛から始まったんです。私は最初は反対しました。本業をもっとしっかりやろうよと話したんです」  ーIT企業であるDeNAが、リアルな世界や特定の地域に深く関わるに至ったのはなぜでしょうか。  「私たちはエンターテインメントと社会課題の解決の両方に本気で取り組んでいます。こういう企業は珍しいと思います。もともとはeコマース(電子商取引)で流通を新しくしたいという思いで会社を始めました。エンターテインメントの会社ではなかったんです。まだ上場する前、おそらく女性のベンチャー経営者だからということで内閣のIT戦略本部員に選ばれた時にも、多くの社会課題に向き合うことを学びました」  「苦労して新しいトライアルをしていく中で成長したのが、モバイル領域でのSNSやゲームでした。そこでエンターテインメントの深みや面白さを学びました。でも、社会課題の解決というテーマは私たちの遺伝子に組み込まれているんです。ゲームの事業では、お客さんの“離脱予測”というスキルが必要です。多くのデータを人工知能(AI)で解析し、お客さんに楽しんでもらう手を打つことによって継続してもらう。そういう“エンゲージメントサイエンス(関わり続けて頂くための研究)”は、ゲーム以外にも役立ちます。例えば健康維持のためのウォーキングを続けてもらうような使い方も出来ます。義務じゃなく、楽しんで歩いてもらえるようになれば、健康維持という課題はうまく回ります」  ーそこに球団が加わったわけですね。  「私たちは世の中に喜びを届けるために働いています。それまでのお客さんは“インターネット越し”で、喜んでいただいているかどうかは、主に数字などのデジタルな情報で確認していました。なので、目の前で選手がホームランを打ち、知らない観客同士が総立ちになりハイタッチで歓びを交わす光景を目にしたとき、感動したんです。人に喜びを提供することで、こんな幸せな気持ちになれるんだということを改めて感じました。DeNAでは、年に数回、社員を球場に送って観戦する機会を設けています。人に喜びを届ける感動を実感してほしいと思ったんです」  ー今後はリアルな世界で勝負するということでしょうか。  「私には平成時代の経営者としての反省があります。昭和の時代には、世界中にインパクトを与えた企業が日本からたくさん出ています。トヨタ自動車もホンダも、ソニーもそうです。でも平成の時代、国境が実質存在しないインターネットの世界で大勝ちしたのは米国の巨大IT産業でした。ネットの利便性を世界の多くの人が享受したけれども、その大本を提供したのは日本ではない。私たち日本のIT企業が不甲斐なかった」  「これまでのITは、いわばネットに閉じた社会でした。でも、この先のITの勝負はスポーツをはじめ、物理的なものが関係してきます。社会インフラも、そのひとつでしょう。モノが関係したITなら、日本にもそれなりに競争力はあります。そこに勝機を見て、大きな成功を日本市場で得られれば、次はアジアです。リアルな世界は勝ちを積み重ねることができる領域であり、チャンスなんです。インターネットとAI、ソフトウェアがインフラの世界に組み込まれます。製造業でいうコネクテッドインダストリーも同じです。すべてがインターネットとは無縁でなくなってきました」  ーDeNAは横浜市とスポーツ振興、地域経済活性化等に向けた包括連携協定を結びましたね。  「『コミュニティボールパーク』を街レベルに展開する構想を掲げています。観戦型スポーツに加え、ランニングやウォーキングなど市民参加型スポーツ振興と、それによる新たな人の流れの創出。市民の健康に関する活動やイベント、子どもたちの体力向上に向けた取り組みなどに市と共同で取り組みます。私たちに可能な役割があれば、積極的に担っていくことで自治体と信頼関係を強固にします」  「横浜市だけでなく、ベイスターズの2軍は横須賀だし、プロバスケットボールクラブの『ブレイブサンダース』の本拠地は川崎で、神奈川県と縁が深いんです。われわれのヘルスケアのサービスは県から補助を頂きました。タクシー配車のアプリでは、最初に神奈川県タクシー協会と先行してやらせてもらって実績を積みました。実証の場であり、最初に新しい価値を届けられる場所でもあるわけです。そうしたホームグラウンドが持てたことは、企業として、とても重要です」  DeNAの創業者で会長の南場智子氏は、社会インフラなどのリアルな世界とITとの融合に勝機があると説く。勝つためには利益が出ないといけない。その具体的な方策は、野球以外の公共的な事業でも参考になるのではないか。  ーインフラについてお聞きします。DeNAは横浜スタジアムを子会社化し、大幅に拡張する計画を進めていますね。  「球場運営権の取得は悲願でした。ただ公共施設なので、自分たちから『売って下さい』とは、なかなか言えない。非常に良いタイミングで、地元財界の方が声をかけてくれました」  ー悲願だったのはなぜでしょう。  「プロ野球の球団運営は三位一体で成り立ちます。チームと、それを運営する企業。そして試合という場を盛り立て、ファンを喜ばせるための施設です。その施設を違う組織が運営していました。もちろん、チームに対しては十分な協力を頂いていました。でも盛り上げるための施設の使い方、施設での広告の出し方など、状況に応じて臨機応変に対応するには、部隊が分かれていたら難しい面があります。一体的な経営が必要でした」  「横浜の場合、球場は市の所有だけれど施設としての運営は横浜スタジアムという企業です。球場運営会社は黒字で、球団は赤字でした。合算してようやく黒字になります。野球ビジネス全体では利益は出ているのですが、その分配を会社同士で話し合わなければならなかった。そこに時間を使うよりも、もっとお客さんに向き合いたいと思いました。その点は旧横浜スタジアム幹部の皆さんも同じ思いでした」  ー球場のような公共インフラを企業が所有して、うまくいくのでしょうか。赤字運営の施設を税金で維持している例が少なくないと思います。  「そこはやりようです。インフラとしてスポーツ施設を運営する人に伝えたいのは、しっかりやれば利益が出るということです。中身、つまりコンテンツによって入場や広告の収入も増やせます。公共施設だから利益が出ないということはないはずです」  ー具体的に何をすべきなのでしょうか?  「どれだけファンに向けてサービスを充実できるかです。お客さんは、どんなシーン、目的で来るのか。デートなのか仕事終わりの息抜きなのか。それぞれに合わせた施策で、たとえホームチームが負けてもリピートしたくなるようにする。普通のマーケティングと全く一緒です。公共事業だからと言い訳せず、スポーツと利益を切り離して考えないこと。ファンに向き合い、マーケティング用語でいうペルソナ(典型的なユーザー像)を見極めて備えます。事業として利益が出ればチームの補強にもつながります」  「普通のマーケティングにとことん、必死になることです。野球のようなメジャースポーツなら黒字にできるはずです。親会社が儲かっているから、フィランソロピー(社会貢献)で赤字のスポーツをやりますというのは限界がある。親会社の浮沈に関わらず、事業が回るようにすることがスポーツ産業への本当の貢献だと思っています」  ー横浜のような大都市、あるいは野球のようなメジャースポーツ以外でも可能ですか。  「新潟や広島など他の都市でも成功例はあるように思います。スポーツはすべて感動があります。野球だけでなく、サッカーやバスケットボールも国民的人気があります。DeNAが川崎でバスケットボールに挑戦するのも、そのためです。野球だけではありません」  「スポーツの領域には、まだやれてないことがたくさんあります。私たちも2割程度しかできていません。例えば横浜スタジアムの客席を拡張するのは、満席でチケットが取れないからだけではないんです。ヘビーユーザー以外にすそ野を拡大するには、キャパシティーに余裕があり、ふらっと来て入れるようにした方がいい。そういう狙いです」  ー全国には遊休施設となっている公共インフラや、ダムやトンネルなど観客のいない施設もあります。維持・運営に助言できることはありますか。  「勉強不足で発言できる立場ではないですが、あくまでコンテンツから出発するのが正しい発想だと思います。顧客志向が最優先です。『AKB48』は、東京・秋葉原に余った施設があるから生まれたわけではないでしょう」  ーDeNAは今年、創業20周年だそうですが、今後、南場さんが公共インフラやリアルの世界で興味があることがあれば、お聞かせ下さい。  「時代の変化の要になる部分は、やってみたい。例えば電力が再生可能エネルギーにシフトしていき、需給によって価格がダイナミックに変動する時代が来るでしょう。横浜スタジアムでもダイナミックプライシングを導入していますが、電力もそうなるし、鉄道も利用時間によって運賃が変わったり、道路の利用方法も変わるでしょう。そういう利用者データの活用の仕方もいろいろあるのかなと思います」  「人の移動もそうです。狭い日本の道路で法律そのままに自動運転を導入するのは困難です。私は素人で全くの夢物語ですが、空があいているから使えないかなと。そうやってレイヤー(階層)を増やしてみるのが面白そう。そう思って空を見ていると、カラスが飛んでいる。あいつら何の役にも立たっていないけど、何か使えないかな。そんなことを(米ペイバルやスペースXの創業者である)イーロン・マスクが言えば、みんなが興味を持つ。でも日本のベンチャー創業者ではイマイチですね。それでも、虎視眈々と狙っています(笑)」 <プロフィール> なんば・ともこ 1962年新潟県生まれ。1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1990年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、1996年マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。1999年に同社を退社して株式会社ディー・エヌ・エーを設立、代表取締役社長に就任。2011年に病気療養中の夫の看病に専念するため代表取締役社長を退任。その後取締役を経て2015年横浜DeNAベイスターズオーナーに就任し、プロ野球初の女性オーナーとなった。同年に取締役会長、2017年代表取締役会長に就任(現任)。主な著書に『不格好経営』(日本経済新聞出版社)などがある。

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