イオン創業期の女性経営者がいちばん大切にしたもの
<情報工場 「読学」のススメ#62>『イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子』(東海 友和 著)
**岡田卓也名誉会長の実姉は大功労者だった
先日、行きつけのコンビニでワインを購入した時のことだ。もともと安いチリワインなのだが、普段は700円近くする銘柄のボトルが値引きされて400円になっていた。これはラッキーだと思い、レジに持っていき精算。ところが他の購入品と合わせた合計額が、思っていたより、どうも高い。レシートを見ると、ワインが値引きされておらず、いつも通りの700円近くの金額で計上されている。
そこで、ワインがある冷蔵庫の前に戻り値札を確かめると、確かに400円だ。近くにいた店員に尋ねると、「ああこれ、こちらのハーフボトルの値段なんですよ」との答え。同じ銘柄で違うサイズのところに誤って値札を付けていたらしい。値札自体にボトルの分量の表示はなかった。
「間違っていたということですか?」と聞くと、「そうですね。交換して返金しますね」と言い、レジに行ってテキパキと返金処理をしてくれた。店員の物腰は柔らかく、言葉づかいもていねいで、とくに悪い印象はない。
それでことは済んだし、損はしなかったのだが、何かモヤモヤする。「これは何だろう」とちょっと考えて、はたと気がついた。店員は一度も謝っていなかったのだ。
わずかな金額だし、私の心が狭いのかもしれないが、謝罪の一言がなかっただけで、この店、ひいてはこのコンビニチェーンへの私の評価はガタ落ちだ。
明らかに店のミスなのに店員が謝らなかったのは「当事者意識」が欠けていたからだと思う。たとえ入ったばかりのアルバイトだったとしても、客に損をさせる店側のミスがあったとしたら、店を代表して一言でも詫びるべきだろう。それが、自分がしでかしたミスじゃないにしても、だ。偏狭すぎるだろうか。
『イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子』(プレジデント社)にも「当事者意識」という言葉がひんぱんに登場する。同書は、タイトルにもあるように、岡田屋、ジャスコの時代から、人事・組織の専門経営者としてイオングループの成長に大きく貢献した小嶋千鶴子さんの評伝である。
著者は、岡田屋にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、小嶋千鶴子さんの私設美術館設立に関わり、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長も務めた、小嶋さんの“一番弟子”ともいえる人物だ。現在は、株式会社東和コンサルティングの代表取締役を務めている。
小嶋さんは、1758年から代々続く岡田屋呉服店を営む岡田家の次女として、1916年に生まれた。ところが11歳の時に当主だった父親が心臓病で急逝。さらに経営を引き継いだ母親や長姉も次々と亡くなってしまう。後継ぎと目されていた弟が未成年だったため、千鶴子さんが経営を担うことに。その後、弟が大学を卒業すると社長をバトンタッチし、自らはそのサポート役に徹するようになる。この弟こそが、イオンの実質上の創業者と見なされる岡田卓也イオングループ名誉会長である。
1969年の3社合併によるジャスコの設立あたりから、小嶋さんは人事・組織の専門経営者として手腕をふるい始める。
岡田屋では、その5年前の1964年から、当時、小売業としては珍しかった大卒社員の定期採用を始めている。小売業界初の企業内大学OMC(オカダヤ・マネジメント・カレッジ)を発足させたのも、この年だ。
ジャスコでは、小嶋さんの主導で、人材育成を新会社の基盤におく方針が固まる。その後小嶋さんは、人事五原則を制定するとともに、従業員の行動規範である「ジャスコの信条」と「ジャスコの誓い」を作り全従業員に配付、唱和させた。
さらに1969年7月、ジャスコの人事制度の柱となる社内教育機関「ジャスコ大学」を設立。第一線の研究者を教員に迎え、広い教養と、高度な実務知識を体系的に学ぶ機会を全従業員に提供したのである。
このようにしてジャスコ、イオンの経営能力と現場力を底上げさせ、現在の巨大流通グループの基礎を創った小嶋さん。その功績は、はかりしれないものがある。
小嶋さん自身は、大学や短大レベルの教育を受けていない。高等女学校(現在の中学1年から高校2年まで)は出たものの、父の急逝や昭和の大恐慌などのせいで進学を断念したそうだ。後に従業員の教育を重視し、力を入れたのは、その時の後悔があったからだろう。
なので、岡田屋やジャスコに大卒で入社した社員たちは、教養やアカデミックな専門知識では、小嶋さんより上だったかもしれない。しかし、それらは必ずしも現場でそのまま使える知識ではない。現場力については、たたき上げの小嶋さんに勝てるわけがない。
おそらく、教養や学術的知識を備えた社員たちに、小嶋さんが現場力を植えつけることで、バランスのよい人材育成ができていたのではないだろうか。そして、現場力の中でも小嶋さんがとりわけ重視していたのが「当事者意識」ではないかと思われる。
小嶋さんが店を巡回した時や、従業員にばったり会った時の第一声は「問題あらへんか?」だったそうだ。そうした問いかけで、仕事で困っていること、お客様からの苦情、商品の品切れ、上司・部下の問題あるいはプライベートなことも含め、何か問題を抱えていないかを聞き出そうとしたという。
小嶋さんに「問題あらへんか?」と尋ねられ、それについて考えているとき、その従業員は少なくともその間は当事者にならざるを得ない。店や会社の問題を、自分の問題と捉えて考え、答えなければ、“めっぽう厳しい”小嶋さんから、とびきりの叱責が飛んでくる。
とくにあらゆる層の客が多数訪れるスーパーやコンビニでは、幅広い教養や知識、それに当事者意識が、きわめて重要と考えられる。クレームや要望などさまざまなケースに対応するには教養や知識が必要だからだ。そしてそれを現場に応用し、お客さんの身になって対応するには、当事者意識が欠かせないだろう。
小嶋さんは、そのことを深く理解していたに違いない――。さて、今日は近くのイオンでワインでも買って帰ることにしようか。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子』
-日本一の巨大流通グループ創業者、岡田卓也実姉の人生と経営哲学
東海 友和 著
プレジデント社
224p 1,600円(税別)>
先日、行きつけのコンビニでワインを購入した時のことだ。もともと安いチリワインなのだが、普段は700円近くする銘柄のボトルが値引きされて400円になっていた。これはラッキーだと思い、レジに持っていき精算。ところが他の購入品と合わせた合計額が、思っていたより、どうも高い。レシートを見ると、ワインが値引きされておらず、いつも通りの700円近くの金額で計上されている。
そこで、ワインがある冷蔵庫の前に戻り値札を確かめると、確かに400円だ。近くにいた店員に尋ねると、「ああこれ、こちらのハーフボトルの値段なんですよ」との答え。同じ銘柄で違うサイズのところに誤って値札を付けていたらしい。値札自体にボトルの分量の表示はなかった。
「間違っていたということですか?」と聞くと、「そうですね。交換して返金しますね」と言い、レジに行ってテキパキと返金処理をしてくれた。店員の物腰は柔らかく、言葉づかいもていねいで、とくに悪い印象はない。
それでことは済んだし、損はしなかったのだが、何かモヤモヤする。「これは何だろう」とちょっと考えて、はたと気がついた。店員は一度も謝っていなかったのだ。
わずかな金額だし、私の心が狭いのかもしれないが、謝罪の一言がなかっただけで、この店、ひいてはこのコンビニチェーンへの私の評価はガタ落ちだ。
明らかに店のミスなのに店員が謝らなかったのは「当事者意識」が欠けていたからだと思う。たとえ入ったばかりのアルバイトだったとしても、客に損をさせる店側のミスがあったとしたら、店を代表して一言でも詫びるべきだろう。それが、自分がしでかしたミスじゃないにしても、だ。偏狭すぎるだろうか。
『イオンを創った女 評伝 小嶋千鶴子』(プレジデント社)にも「当事者意識」という言葉がひんぱんに登場する。同書は、タイトルにもあるように、岡田屋、ジャスコの時代から、人事・組織の専門経営者としてイオングループの成長に大きく貢献した小嶋千鶴子さんの評伝である。
著者は、岡田屋にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、小嶋千鶴子さんの私設美術館設立に関わり、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長も務めた、小嶋さんの“一番弟子”ともいえる人物だ。現在は、株式会社東和コンサルティングの代表取締役を務めている。
小嶋さんは、1758年から代々続く岡田屋呉服店を営む岡田家の次女として、1916年に生まれた。ところが11歳の時に当主だった父親が心臓病で急逝。さらに経営を引き継いだ母親や長姉も次々と亡くなってしまう。後継ぎと目されていた弟が未成年だったため、千鶴子さんが経営を担うことに。その後、弟が大学を卒業すると社長をバトンタッチし、自らはそのサポート役に徹するようになる。この弟こそが、イオンの実質上の創業者と見なされる岡田卓也イオングループ名誉会長である。
1969年の3社合併によるジャスコの設立あたりから、小嶋さんは人事・組織の専門経営者として手腕をふるい始める。
岡田屋では、その5年前の1964年から、当時、小売業としては珍しかった大卒社員の定期採用を始めている。小売業界初の企業内大学OMC(オカダヤ・マネジメント・カレッジ)を発足させたのも、この年だ。
ジャスコでは、小嶋さんの主導で、人材育成を新会社の基盤におく方針が固まる。その後小嶋さんは、人事五原則を制定するとともに、従業員の行動規範である「ジャスコの信条」と「ジャスコの誓い」を作り全従業員に配付、唱和させた。
さらに1969年7月、ジャスコの人事制度の柱となる社内教育機関「ジャスコ大学」を設立。第一線の研究者を教員に迎え、広い教養と、高度な実務知識を体系的に学ぶ機会を全従業員に提供したのである。
このようにしてジャスコ、イオンの経営能力と現場力を底上げさせ、現在の巨大流通グループの基礎を創った小嶋さん。その功績は、はかりしれないものがある。
「当事者意識」を徹底
小嶋さん自身は、大学や短大レベルの教育を受けていない。高等女学校(現在の中学1年から高校2年まで)は出たものの、父の急逝や昭和の大恐慌などのせいで進学を断念したそうだ。後に従業員の教育を重視し、力を入れたのは、その時の後悔があったからだろう。
なので、岡田屋やジャスコに大卒で入社した社員たちは、教養やアカデミックな専門知識では、小嶋さんより上だったかもしれない。しかし、それらは必ずしも現場でそのまま使える知識ではない。現場力については、たたき上げの小嶋さんに勝てるわけがない。
おそらく、教養や学術的知識を備えた社員たちに、小嶋さんが現場力を植えつけることで、バランスのよい人材育成ができていたのではないだろうか。そして、現場力の中でも小嶋さんがとりわけ重視していたのが「当事者意識」ではないかと思われる。
小嶋さんが店を巡回した時や、従業員にばったり会った時の第一声は「問題あらへんか?」だったそうだ。そうした問いかけで、仕事で困っていること、お客様からの苦情、商品の品切れ、上司・部下の問題あるいはプライベートなことも含め、何か問題を抱えていないかを聞き出そうとしたという。
小嶋さんに「問題あらへんか?」と尋ねられ、それについて考えているとき、その従業員は少なくともその間は当事者にならざるを得ない。店や会社の問題を、自分の問題と捉えて考え、答えなければ、“めっぽう厳しい”小嶋さんから、とびきりの叱責が飛んでくる。
とくにあらゆる層の客が多数訪れるスーパーやコンビニでは、幅広い教養や知識、それに当事者意識が、きわめて重要と考えられる。クレームや要望などさまざまなケースに対応するには教養や知識が必要だからだ。そしてそれを現場に応用し、お客さんの身になって対応するには、当事者意識が欠かせないだろう。
小嶋さんは、そのことを深く理解していたに違いない――。さて、今日は近くのイオンでワインでも買って帰ることにしようか。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
-日本一の巨大流通グループ創業者、岡田卓也実姉の人生と経営哲学
東海 友和 著
プレジデント社
224p 1,600円(税別)>
情報工場 「読学」のススメ#62