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<名将に聞くコーチングの流儀#04>帝京大学ラグビー部・岩出雅之監督

1人ひとりのイノベーションを結集
 世代を超えて勝利をつなぐ─。帝京大学ラグビー部は、2017年1月の大学選手権で優勝し、8連覇という金字塔を打ち建てた。2009年の初優勝当時からメンバーが一新してもなお勝ち続けられたのは、確固たる組織力が証明している。それを牽引してきたのが、岩出雅之監督だ。指導方法を時代の変化に合わせてブラッシュアップしながら、選手の自律と成長を促す。その真の狙いはラグビーの枠を越え、選手の未来の可能性を広げることだという、コーチングの信念に迫る。

組織を変えるには指導者自身が変わる


 ─8連覇という大記録を達成されましたが、岩出監督のコーチングの秘訣とは。
 岩出「私が最も重んじていることは今の自分に満足せず自分を常に変えていくことです。イノベーションしていくことが大事だと思っています。選手たちが成長して主体的に動けるようになり、そうした人が集まって組織となるようにうまくリードアップしていくことが指導者としての役目。教育も世の中の変化に合わせて変えていく必要があります」

 「選手に変わってもらうためには、まずは指導者自身が変わらなければなりません。特に、過去の成功体験やそれで得た自信は指導の軸となるでしょう。しかし、時代は変化しています」

 「たとえば、かつて爆発的に売れた車も、その当時は最先端だったかもしれませんが、時代とともにリニューアルすることは必要です。昔に通用した方法論は今でも合うこともあれば、合わないこともある。いつまでも同じ方法で成果が出るとは限りません。ポイントは、その合わなくなった部分を変えていくこと。これがイノベーションなのです。そして、文化は急に変えることはできないので、少しずつ適応させていくことが必要です」
 


“なぜ”を自問自答


 ─連覇が続くとプレッシャーは大きくなりますか。
 岩出「プレッシャーはゼロではありませんが、連覇を重ねるために指導をしているのではなく、今年のチームの各選手の最高を出せるように導きたいですね。その結果の優勝が連覇になります。そしてもう1つ、学生たちの将来の可能性を広げるため。学生たちが自分自身を成長させる力、幸せのチャンスを得られる力を蓄えていってほしいのです」

 「学生は4年間で終わります。その後の人生の方がはるかに長いのです。もちろん、今の経験もしっかりと大切にして、得たものや考え方を将来にも活かしていってほしい。その大きなモチベーションの1つがラグビーであり、連覇という結果に結びついてきます」

 ─自分を成長させるためには何をすべきですか。
 岩出「まずは、自分で動機づけをすることです。間接的な指示や外的な圧力で自分を動かすのではなく、自発的に動けるようになること。つまり、内発的な動機づけ。社会人でいえば、なぜ仕事をするのか、働くとは何かということでしょう。『働く』とは、人が動くと書きますよね」

 「志をもって可能性を整理しながら意識して動くこと。最も良くないのは惰性で動くことです。そして一番大事なのは、練習であっても仕事であっても楽しいと思えるか。自分がどんなふうに考えているかを理解することが成長へとつながっていきます」

 「特に、大学生になると自分で選択することが増えます。義務教育では決められた授業を受け、家庭や学校に管理されていますが、大学は自分で授業を選択してカリキュラムをつくるように、“選択する”ことが多くなります」

自律と他律


 ─自分で判断し、選択していくうえでは指標も必要になると思います。この時、影響力を与える存在とは。
 岩出「それは、身近にいる先輩が最も頼りになります。尊敬している人のアドバイスなら聞きやすいもの。だから、上級生は下級生に思いやりを持ってサポートし、下級生から信頼される存在であるべき。実は、それが上級生の自己研鑽にもつながって、自分の徳に変わってくるのです。
岩出監督

 ─上級生と下級生の関係性も成長をもたらす要素となっているのですね。
 岩出「チームの中で、一番余裕がなくて弱い人は誰かというと、それは入学したばかりの1年生。反対に、最も余裕があってたくましいのは4年生です。余裕がない人を強い人がサポートしていくのは自然なこと。上級生が下級生のそばで走る、“伴走”していくようなイメージ」

 「でも、それは自分が下級生だったときに先輩からやってもらっていなければできません。先輩からサポートしてもらってきたことを、自分が上級生となったときにすることは決して難しいことではなく、それが当たり前という風土ができ上がっているからこそ、自然にそうふるまえるのです」

 「まずは個人の力を高めて自律する。そして他者からのサポートを受けながら成長する、あるいは相手を成長させる。この自律と他律によってお互いの信頼が生まれ、そして“楽しい”と思えるようになると、全力を出しやすい環境がつくられます。結果として組織全体の力が付いてくるのです」
(聞き手=永井裕子)

私のコーチングの流儀


<最適難度とイノベーション>
指導者は選手の力量に対して難しすぎず、やさしすぎない選手にとっての最適な難度を与えること。そして、相手を変えたいなら自分が変わることです。
<略歴>
いわで まさゆき
1958年生まれ、和歌山県出身。1980年、日本体育大学体育学部卒業。同大ラグビー部では1978年、大学選手権優勝。1996年より帝京大学ラグビー部監督。2009年、全国大学選手権で優勝し、2017年に8連覇を達成。帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科教授
日刊工業新聞「工場管理2017年7月号」
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
ラグビーの指導といえば、昔は「鉄拳制裁」も珍しくありませんでした。時代とともに、古いやり方では通用しない部分が出てきます。何より指導者自身が変わらなければならない、という言葉に説得力があります。会社においても若い社員は先輩や上司の立ち居振る舞いを見て育つ、ということを肝に銘じたいものです。

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