<名将に聞くコーチングの流儀#02>香川県立高松商業高校野球部・長尾健司監督
力の差を知ることで、 仲間を正しく評価する(前編)
練習環境の制約を効率性の追求とチームワークを養うことで乗り越え、大きな成果を上げた野球チームがある。2016年の第88回選抜高校野球大会で準優勝した香川県立高松商業高校だ。チームを率いたのは就任3年目の長尾健司監督。高校野球の指導経験はなかったものの、選手の自主性を促す指導を心掛け、短期間でチームを改革した。
前編では選手のモチベーションを引き出すアプローチ方法、後編では歓喜に沸いた舞台で得た手応えと指導者のあるべき姿を聞き、多くの人を魅了する高校野球の現場におけるコーチングの流儀を披露する。
─就任してから、どのようなチームづくりを行ってきましたか。
練習では効率性を重視し、選手の自主性を尊重したチームづくりを心掛けていました。歴代の高松商業(高商)の監督は野球を熟知していて、素晴らしい指導を行っていたと思います。
私は赴任前、国立香川大学教育学部付属坂出中学校の野球部の指導をしており、そのときは全国大会にも出場しました。しかし、高校野球の指導経験はなかったので、むしろ選手の方が高校野球のことをよく知っていると思っていました。
私自身も学ぶという意識も持って、選手がみんなで考えて、答えを出すというアプローチを心掛けました。実際にグラウンドでプレーするのは選手ですし、自分で判断して得た成果でなければ身につきません。
─中学校の指導で自主性を尊重した指導法を取り入れていたのでしょうか。
付属中学は進学校で練習時間が短い。16時開始で17時下校です。片づけを含めたら45分しか練習できません。部活動の成果を期待している人もいなければ、生徒も香川県で1番になろうなんて思っていない。
でも授業を見ると、教科書より発展した内容を生徒が自ら関心を持つように教師が工夫をし、指導をしていくというテーマを掲げていましたから、部活動でも取り入れてみようと思いました。「45分でどうやったら勝てるのか」を問い、効率性を重視する考え方をするようになりました。
─高商ではどんな練習を行っていますか。
高商もほかの強豪校と比べれば制約があります。サッカー部とグラウンドが共用で、部員数も多い。それでも、全員が練習し、技能を高められないかを考えてみました。
たとえば、部員を6つのグループに分けて、グラウンドを6カ所に区切って、打撃や守備、走塁、筋力トレーニングなど40分ずつローテーションします。48人の部員全員が同じ練習をするのです。
─全員が同じ練習をする狙いとは。
全員で同じ練習をすれば、レギュラーと力の差を実感でき、仲間のことも評価できます。制約がある環境でも考え方次第でプラスに変えることができます。
心掛けたのは“リストラの選手をつくらない”ということです。選ばれたレギュラーメンバーが中心の練習だとそれ以外の部員はボールを触る回数が減り、モチベーションは下がります。仲間を応援したり、支えようという気持ちは生まれないでしょう。良好なチームワークも築けません。
ベンチに入れなかった選手の野球ノート(練習日誌)にこんなことが書いてありました。“グラウンドでプレーする光もあればそれを支える影もある。
自分は影だからサポートを頑張る。でも、あきらめたわけではない。自分にはまだチャンスがありますか”と。私は「チャンスあるよ」と励ましました。狙いが伝わっているのかなと思います。
それから、チームワークを高めるために、もう1つ効果的だったことがあります。理不尽な上下関係をなくしたことです。赴任当初は1年生が準備を全部行って、3年生は練習開始3分前にグラウンドに来ていたんです。「俺たちは1年生のときに苦労しているから3年になったらやらなくて良い」と言うのです。
3年生になって成長するということは、準備や片づけを自ら進んで行えるようになるということだと考えています。3年生も手伝って、1年生も同じくらい練習をできるように指導しました。
一方、下級生には“親しき仲にも礼儀あり”ということを常に話しています。「先輩が大事にしてくれているけど、甘えてはだめだよ。先輩が良い思いができるような準備をしてあげなさい」と指導しています。
─選手の自主性を引き出すために工夫していることとは。
効率性という点については自信がありましたが、ある先生から指摘されて気がついたこともありました。効率性を追求する練習は流れに乗っていくだけで良いので、自ら考えるという点では課題があるのです。
部活動は野球を通した学びの場なので、将来につなげていかなければなりません。暇なときに何をしてよいかわからないというのではなくて、暇なときでもやるべきことを見つけられる人間にならなくてはいけないと思っています。自主性と課題を発見する力を養わなければなりません。
自ら気づく力を養うために指導方法の工夫をしています。その1つが練習試合でレギュラーと控えの選手を全部入れ替えることです。
ベンチで試合を見ることで配球や盗塁のタイミングに気がつくことがあります。客観的に試合を見てみると正しい答えがわかることもあるのです。
そこで気がついたことを、仲間にアドバイスするように促します。チームワークが良ければ、自然とそうした雰囲気になります。効率性とチームワークを自主性につなげる循環を確立しようと取り組みました。
(聞き手=成島 正倫)
<略歴>
長尾健司(ながお・けんじ)1970年、香川県生まれ。香川県立丸亀高校、順天堂大学を卒業。2011年には香川大学教育学部付属坂出中学校を率いて全日本春季少年軟式野球大会に出場。体育課教諭>
(後編は5月20日発売の工場管理6月号に掲載)
前編では選手のモチベーションを引き出すアプローチ方法、後編では歓喜に沸いた舞台で得た手応えと指導者のあるべき姿を聞き、多くの人を魅了する高校野球の現場におけるコーチングの流儀を披露する。
効率性を追求した練習法
─就任してから、どのようなチームづくりを行ってきましたか。
練習では効率性を重視し、選手の自主性を尊重したチームづくりを心掛けていました。歴代の高松商業(高商)の監督は野球を熟知していて、素晴らしい指導を行っていたと思います。
私は赴任前、国立香川大学教育学部付属坂出中学校の野球部の指導をしており、そのときは全国大会にも出場しました。しかし、高校野球の指導経験はなかったので、むしろ選手の方が高校野球のことをよく知っていると思っていました。
私自身も学ぶという意識も持って、選手がみんなで考えて、答えを出すというアプローチを心掛けました。実際にグラウンドでプレーするのは選手ですし、自分で判断して得た成果でなければ身につきません。
─中学校の指導で自主性を尊重した指導法を取り入れていたのでしょうか。
付属中学は進学校で練習時間が短い。16時開始で17時下校です。片づけを含めたら45分しか練習できません。部活動の成果を期待している人もいなければ、生徒も香川県で1番になろうなんて思っていない。
でも授業を見ると、教科書より発展した内容を生徒が自ら関心を持つように教師が工夫をし、指導をしていくというテーマを掲げていましたから、部活動でも取り入れてみようと思いました。「45分でどうやったら勝てるのか」を問い、効率性を重視する考え方をするようになりました。
─高商ではどんな練習を行っていますか。
高商もほかの強豪校と比べれば制約があります。サッカー部とグラウンドが共用で、部員数も多い。それでも、全員が練習し、技能を高められないかを考えてみました。
たとえば、部員を6つのグループに分けて、グラウンドを6カ所に区切って、打撃や守備、走塁、筋力トレーニングなど40分ずつローテーションします。48人の部員全員が同じ練習をするのです。
力の差を知れば試合に出られない選手は納得する
─全員が同じ練習をする狙いとは。
全員で同じ練習をすれば、レギュラーと力の差を実感でき、仲間のことも評価できます。制約がある環境でも考え方次第でプラスに変えることができます。
心掛けたのは“リストラの選手をつくらない”ということです。選ばれたレギュラーメンバーが中心の練習だとそれ以外の部員はボールを触る回数が減り、モチベーションは下がります。仲間を応援したり、支えようという気持ちは生まれないでしょう。良好なチームワークも築けません。
ベンチに入れなかった選手の野球ノート(練習日誌)にこんなことが書いてありました。“グラウンドでプレーする光もあればそれを支える影もある。
自分は影だからサポートを頑張る。でも、あきらめたわけではない。自分にはまだチャンスがありますか”と。私は「チャンスあるよ」と励ましました。狙いが伝わっているのかなと思います。
それから、チームワークを高めるために、もう1つ効果的だったことがあります。理不尽な上下関係をなくしたことです。赴任当初は1年生が準備を全部行って、3年生は練習開始3分前にグラウンドに来ていたんです。「俺たちは1年生のときに苦労しているから3年になったらやらなくて良い」と言うのです。
3年生になって成長するということは、準備や片づけを自ら進んで行えるようになるということだと考えています。3年生も手伝って、1年生も同じくらい練習をできるように指導しました。
一方、下級生には“親しき仲にも礼儀あり”ということを常に話しています。「先輩が大事にしてくれているけど、甘えてはだめだよ。先輩が良い思いができるような準備をしてあげなさい」と指導しています。
練習試合でレギュラーと控えの選手を全部入れ替える
─選手の自主性を引き出すために工夫していることとは。
効率性という点については自信がありましたが、ある先生から指摘されて気がついたこともありました。効率性を追求する練習は流れに乗っていくだけで良いので、自ら考えるという点では課題があるのです。
部活動は野球を通した学びの場なので、将来につなげていかなければなりません。暇なときに何をしてよいかわからないというのではなくて、暇なときでもやるべきことを見つけられる人間にならなくてはいけないと思っています。自主性と課題を発見する力を養わなければなりません。
自ら気づく力を養うために指導方法の工夫をしています。その1つが練習試合でレギュラーと控えの選手を全部入れ替えることです。
ベンチで試合を見ることで配球や盗塁のタイミングに気がつくことがあります。客観的に試合を見てみると正しい答えがわかることもあるのです。
そこで気がついたことを、仲間にアドバイスするように促します。チームワークが良ければ、自然とそうした雰囲気になります。効率性とチームワークを自主性につなげる循環を確立しようと取り組みました。
(聞き手=成島 正倫)
長尾健司(ながお・けんじ)1970年、香川県生まれ。香川県立丸亀高校、順天堂大学を卒業。2011年には香川大学教育学部付属坂出中学校を率いて全日本春季少年軟式野球大会に出場。体育課教諭>
(後編は5月20日発売の工場管理6月号に掲載)
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