物理学ばせ研究推進、AIによる科学の進化が加速している
人工知能(AI)モデルに物理法則を学ばせ、気象予測や材料設計などの科学シミュレーションを高度化する研究が広がっている。理化学研究所革新知能統合研究(AIP)センターの上田修功副センター長は地殻変動解析を3次元的に広がる断層に対応させた。地下水分布などの粘弾性のある地下構造も予測できる。AIが科学研究に浸透して進歩させている。(小寺貴之)
「PINN(物理法則に基づく深層学習)のポテンシャルは高い。既存の有限要素法(FEM)と並ぶアプローチとして共存していくだろう」と上田副センター長は期待する。PINNでは偏微分方程式を深層学習で解く。AIモデルに初期条件や境界条件、物理法則を満たすように学習させ連続的な解を得る。FEMでは地下構造をメッシュデータに直して計算していた。PINNでは連続的な構造を扱える。地表面が凸凹になっていたり、地下水脈が通っていたりと不均質で自然に近い地殻変動を計算できるようになった。地震で断層がどのように動くか予測できる。
さらに地殻変動の結果から地下構造などを推定する逆解析に拡張できる利点もある。地球物理学はボーリング調査などで地下のデータを集めるコストが大きい。限られたデータから地下構造を予測できるとブレークスルーになる。
課題は計算負荷だ。FEMは計算精度を上げるためにメッシュを細かくすると計算量が増大した。PINNも学習にかかる計算が大きく、断層形状などの条件が変わると学習し直す必要があった。
そこで一度の学習で済む作用素学習(OL)が注目されている。作用素学習では入力データから出力データへの変換を深層学習で解く。FEMでは難しかった複雑でたくさんの要素を含む物理現象に適用できると期待されている。上田副センター長は「作用素学習はまさに黎明(れいめい)期。2年前に考案されてから盛んに研究されている」と振り返る。
研究を推進しているのは物理の研究者たちだ。AIの研究チームよりも、地球物理学を引っ張ってきたチームが論文を書いている。計算の中身の分からないブラックボックスとして登場した深層学習が、物理法則を埋め込まれて解釈しやすくなり、より使いやすい手法へと進化している。
上田副センター長は「作用素学習は数学や物理学、計算科学などを結び付ける学際領域に発展していくだろう」と指摘する。AIによる科学の進化が加速している。