半導体技術で制御、富士通が挑む「ダイヤモンドスピン量子」の世界
量子コンピューターの大規模化に伴う技術課題として、極低温の冷凍機内に置く超電導装置と、室温環境に配備した制御装置を結ぶ配線(ケーブル)問題がある。課題は量子ビットの規模を大きくすると、ケーブルの数も増えて冷凍機内に収まりきらず、さらに発熱で量子ビットにも影響を及ぼすことだ。富士通はダイヤモンドスピン量子が4K(マイナス約269度C)で動く特性を生かし、「クライオ相補型金属酸化膜半導体(CMOS)」と呼ぶ、半導体技術で配線問題の克服に挑む。(編集委員・斉藤実)
クライオは「冷たい所でも動く」という意味。極低温下でも動くのがクライオCMOS回路。富士通が量子研究でタッグを組むデルフト工科大学と、オランダ応用科学研究機構が設立した量子技術研究機関「QuTech」のノウハウを生かし、クライオCMOS回路をダイヤモンドスピン量子向けに開発した。
具体的にはクライオCMOS回路を極低温の冷凍機内に設置し、ダイヤモンドスピン量子をケーブルを介さずに、3次元実装で配線問題を克服しようという試み。
実現に向けて、富士通はまずダイヤモンドスピン量子ビット駆動に必要な磁場印加回路とマイクロ波回路を開発し、極低温の冷凍機内に置いて、ダイヤモンドスピン量子ビットを駆動させることに世界で初めて成功した。成果は2月開催の「国際固体素子回路会議ISSCC」で発表した。
超電導方式の量子ビットは通常、20ミリケルビン(mK)の極低温(マイナス約273度C以下)環境で動かす。冷凍機の能力には限界があるため、量子ビットに加えてクライオCMOSまで20mKに冷やすのは難しい。「ダイヤモンドスピン量子は1Kから4Kで動くため、量子ビットと同じステージ(場所)にクライオCMOS回路を置くことが可能。これが今回のポイントだ」と富士通の佐藤信太郎量子研究所長は語る。
その上で「ダイヤモンドスピン量子はまだアーリーステージだが、大規模化のブレークスルー技術になるかもしれない」と期待を込める。
ただ、まだすべてに対応できたわけではなく、今後はマイクロ波の発生回路の開発やエラー訂正なども含め「全レイヤー(階層)で開発に取り組む」(佐藤所長)方針だ。
ダイヤモンドスピン量子とはダイヤモンド内の炭素原子を窒素(N)に置換し空孔(V)をつくり、その中心部分(NVセンター)に生じる電子スピンを量子ビットとして使う。
ダイヤモンドスピン量子は量子状態を維持するコヒーレンス時間が長いため、量子センサーや量子通信などでも注目されている。
これらの用途に加え、佐藤所長は「理化学研究所と共同開発している超電導方式の量子コンピューターとの組み合わせは常に考えている」と語る。例えば「高速な計算処理は超電導で行い、メモリー的に使うような計算にダイヤモンドスピン量子を使うことも考えられる」と、量子マシン同士を組み合わせたハイブリッド活用も見据える。
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