働くシニア減額解消・保険料上限引き上げ…年金制度改正へ、論点と焦点
中小向け制度拡充も
2025年に予定される年金制度改正に向けた議論が24年末に向けて本格化する。少子高齢化が進む中、制度の持続性を高めると同時に、働き方や社会の変化を踏まえ実態に即した見直しを進める上で、論点は多岐にわたる。中でも企業経営に直結する検討案について、これまでの議論や焦点を整理した。(編集委員・神崎明子)
働くシニアの減額解消
働く高齢者の厚生年金受給額を減らす「在職老齢年金制度」。60歳を過ぎて賃金と厚生年金の合計が月50万円を超えると年金が減額となるため、「働き損」を嫌って就業時間を調整する人が少なくない。とりわけ人材確保に苦慮する中小企業からは「従業員の就労意欲と人手不足の双方にマイナスの影響を及ぼす」と見直しを求める声が強い。他方、年金制度が持つ所得再分配機能の観点から見直しに慎重な意見もある。賃金以外の収入がある人との公平性を保つため事業所得や家賃、配当利子を含む総収入ベースで年金額を調整する制度に改めるべきとの指摘もある。
厚生労働省によると、65歳以上で仕事を持つ年金受給者の16%に当たる約50万人がこの制度に該当。現行の支給停止額は4500億円(22年度末)。制度を撤廃することによる給付増(報酬比例部分)は30年度は5200億円、40年度は6400億円と試算する。働く年金受給者の給付は増加するが、年金財政の悪化要因となり、将来世代の給付水準は低下する。
保険料上限引き上げ
厚生年金の保険料上限の引き上げも議論の俎上(そじょう)にある。保険料は月収に応じ32等級に区分した「標準報酬月額」と呼ばれる基準額に18・3%を掛けた額を労使で折半する。負担が過大にならないよう上限が設けられており、現在は65万円。これを引き上げ、高収入の人により多くの保険料負担を求める案が検討されている。追い風となるのが、賃上げの広がりだ。
現在、この上限に達するのは被保険者の6・2%に当たる259万人。厚労省の試算では上限を75万円に引き上げると168万人が該当し、保険料収入の増加額は4300億(うち2150億円は事業主負担)。上限83万円では123万人が対象となり、同6600億円(3300億円が事業主負担)となる。
「インフレが進み、名目賃金の引き上げが予想される。早めに等級追加を検討すべき」と引き上げに前向きな意見がある一方、経営への影響を慎重に見極めるべきとの見方もある。「人手不足や物価高の中で賃上げに取り組む中小企業の努力に水を差してしまう」との声がある。
老後の資産運用
公的年金だけでなく私的年金と一体で老後に備えるため、中小企業の年金制度の活用も促す。
見直しの対象となるのは、イデコプラスと呼ばれる「中小事業主掛金納付制度」。個人で掛け金を拠出し、運用する個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」に加入する従業員の掛け金に、中小企業の事業主が上乗せ拠出できる仕組みとして作られた。企業年金の実施が困難な中小企業の従業員の老後の資産形成を後押しする狙いで、20年には実施できる従業員規模を「100人以下」から「300人以下」に拡大。活用を促してきた。
これまで企業年金を実施していないことが条件だったが、これを緩和。確定給付企業年金(DB)との併用を可能にする方向で検討が進む。
中小企業では共同で運営する「総合型」と呼ばれる企業年金に加入するケースもある。ただ、給付水準が十分でなく「イデコプラスも併せて実施しては」との声や「従業員の福利厚生を充実したいという経営者のニーズに応えられる」との声がある。
「壁の解消」人材活用策に直結
次期年金制度改正では短時間労働者への厚生年金の適用拡大案も俎上にある。従業員規模要件を撤廃する方向性はほぼ固まり、保険料負担が増える経営側も一定の理解を示す。
むしろ経営側が一様に訴えるのは、働き手の就労意欲をそぐ「壁」の解消だ。パート労働者が社会保険料の負担で手取りが目減りしないよう就業調整する問題の裏には、専業主婦ら会社員に扶養される配偶者を対象とした国民年金の「第3号被保険者制度」がある。「働くシニア」の間にも年金受給額の目減りを抑える「壁」がある。
社会のニーズと働き手の選択肢に影響を及ぼす、これら制度の見直しにどこまで切り込めるか。産業界の人材活用策に直結する。