TIME誌「今年の最優秀発明」…東大教授ら開発「ミュオン活用次世代ナビ」の秘めた可能性
米TIME誌がその年の最も優れた発明品を選ぶ「THE BEST INVENTIONS OF 2023」が発表された。この中で注目されたのが、東京大学の田中宏幸教授らによる「ミュオンナビゲーションシステム」だ。宇宙から降り注ぐ素粒子「ミュオン」を利用し、地下や水中での高精度ナビゲーションを実現。すでにセンチメートル単位の精度を達成し、原理的にはミリメートル単位のナビも可能だ。地下空間でのロボット自律走行や災害時対応など多岐にわたる応用が見込まれ、全地球測位システム(GPS)に代わる新技術として世界から大きな期待が寄せられている。(曽谷絵里子)
米航空宇宙局(NASA)が有人火星探査に向けて火星での酸素生成に成功したMOXIEなどとともに選出されたことに、田中教授は「大変光栄なこと」と話した。これまでミュオンを使い、地球内部構造の解明、火山などの透視、津波検知、さらには暗号化技術など多くの成果を上げてきた。
宇宙からまんべんなく降り注ぐミュオンは、あらゆる構造物をほぼ真空中の光速度で貫通する。ミュオンナビゲーションは、基準となる地上局と地下受信機間におけるミュオンの飛行時間から距離を決定する。ミュオンの高い透過力と飛行速度の普遍性から、地下建物内など、どんな場所でも高精度なナビが可能となるのだ。さらにGPSに使われる電波と違い、ミュオンは改ざんできないため、高い信頼性を確保できることも大きなメリットだ。
開発にはもちろん困難も多かった。ミュオンは1ナノ(ナノは10億分の1)秒で30センチメートル移動する。開発当初、地上局と受信機は有線接続で時刻同期していたが、実際の運用を考えると自由度が下がる。そこで受信機に高精度クロックを実装することで無線化に成功したが、これでは測位精度を上げられない。さらに高度な原子時計を用いても3ナノ秒ズレ、これで約1メートルの誤差が生じてしまう。
この問題に関して、ミュオンの方向を正確に測ることで解決した。ミュオンの方向は物質により変化しないため、入射角を見ることで同一ミュオンイベントを識別できるのだ。これにより、極端な時間分解能が不要となった。
現在、「屋内で3・9センチメートルの測位精度を達成した」(田中教授)。すでに地下で活動する自律移動ロボットの開発を始めており、物流施設や港湾施設、鉱山などでの遠隔操作への応用が見込まれる。今後、ミリメートル単位の制御を実現できるようになれば応用範囲が広がり、未来の生活を大きく変えることになるかもしれない。
さらに田中教授は、「ミュオグラフィは解決困難な地球規模の課題に取り組むための代替不可能な学術分野に発展する」と指摘する。「今、地理が地図を作るためだけの学問・技術と考えている人はほとんどいないだろう。当初の想定を超えてさまざまな分野に大きなインパクトを与え、より大きな体系的学問分野として発展してきた」(同)。同様に、ミュオグラフィは私たちのまだ知り得ぬ大きな可能性を秘めている。