日本がロボットで存在価値を高め続けるけるために必要なもの
産業用ロボット市場における国際競争は、1990年代には日本企業10社ほどと欧州の数社とに絞り込まれていましたが、2000年代に入り韓国、台湾、少し遅れて中国が存在感を示し始めました。日本のロボット産業は現在でも世界への供給台数はトップシェアで世界市場の拡大に応じて出荷台数は拡大していますが、今後は確実に中国ロボット産業の追従を受けます。グローバル化が一段と加速される今後のロボット産業において、日本が存在価値を高め発展し続けるためには、何を指向していくべきか考えてみましょう。
国際競争力の根源
中国製ロボットが今後どのような進化を遂げてくるのかは未知数です。現在のところ日本製ロボットには機能・性能面でのアドバンテージがありますが、差はどんどん縮まると思います。今後は機能・性能だけでなく、「日本ならでは」の競争力の根源を開拓していく必要があります。日本は依然として、工業技術に長けた国であることはまぎれもない事実で、ほとんどすべての製造業種を国内に保有しており、幅広い要素技術を持ちあわせています。これを活かすことができれば「日本ならでは」の競争力になります。ロボット産業における「日本ならでは」の競争力の根源は、図1に示すように、基礎基盤技術から生産システムまで幅広くとらえる必要があります。
産業用ロボットは普及元年以来40年ほどで、機能性能は向上しましたが、基本的な技術構成は2000年以降、大きくは変わっていません。新興工業国に対して優位に立つために今後重要になるのは、基礎基盤技術の革新と実用化のスピードアップです。幸いにして今のところ日本には基礎基盤技術や工業技術は豊富に蓄積されていますので、分野間での技術交流から、新たな技術展開が産まれる可能性も十分にあります。
これまでのロボット産業は、実績のある部品や材料にこだわることで信頼性を確保してきました。生産システムは、安心・安全に加えて生産を止めない安定性が要求されますので、生産財産業としては正しい選択でした。今後はこの制約を超えて、新たな展開を求める活動が必要です。日本が保有している良質な基礎基盤技術に対して産業用ロボット側からのアプローチを強め、新たにロボットに適した材料や部品を実用化することで、国際競争力向上の可能性が開けます。これが図1の左側に示す材料・要素技術の軸です。この軸では、従来の産業用ロボットの欠点を徹底的に排除するような課題設定をすべきです。たとえば、ケーブルレスロボットのためのロボット用非接触給電と機体内無線通信、ボルトレスロボットのための材料の接合技術、大幅な軽量化のための構造体・機械部品の樹脂化、ロボットのあらゆる部分にセンサを組み込むためのセンサデバイスの材料への組み込み技術など、解決できればロボットの基本的な構成・構造に大きなアドバンテージをもたらすような課題です。
一方、これまでの産業用ロボットの技術の変遷にも見られたように、時代とともに個々の機械の機能性能の追求から、同じ機械を使ってもより高い効果を上げるというシステムインテグレーション指向に進んでいます。ロボット産業にはこの優れたシステムインテグレーション技術が不可欠で、ロボット産業の枠組みの中でどのように技術強化をして、どのように体制づくりをしていくのかが、これからの国際競争力を大きく左右します。単にロボットの応用技術力を高めるということではなく、成長期の製造業の原動力として世界からも注目されてきた日本の自動化技術の視点からロボット産業を見直すことが必要です。これが図終-2の右側に示すシステムエンジニアリングの軸です。こちら側の軸では、経験に頼りがちになるシステムエンジニアリングを、ロボットによる生産技術として理論的に体系化する取り組みも必要です。
ロボット産業における競争と協調
ロボット産業に関する技術の広がりは、図に示したように、材料のような要素技術から、生産システム管理のようなシステム技術まで広い範囲にわたっています。これは、ほとんどのロボットメーカあるいはシステムインテグレータにとって、単独で対応できる範囲を超えています。逆の見方をすると、個社での対応が難しい範囲まで技術の幅を広げることにより、日本特有の国際競争力が獲得できる可能性が高まると考えられます。
日本では、従来は自前の技術にこだわる傾向がありましたが、技術の複雑化が進むに従いオープンイノベーション指向が強まっています。業界全体の競争力強化のためには、競争を前提としつつも、業界の共通基盤強化のためのオープンイノベーション、すなわち協調開発ができる体制が望まれます。図2にロボット業界に望まれる技術面での競争と協調の構図を示します。期待できる協調としては、協調領域【1】の業界共通仕様の設定と運用、協調領域【2】の個社ではできない活動の協働実施、という2通りの領域があります。協調領域【1】は、産業用ロボットに関しては日本ロボット工業会、あるいは日本ロボットシステムインテグレータ協会が担う範疇の協調ですが、これまで以上に業界団体として果たすべき役割を再確認することが必要です。技術革新に直結し国際競争力を左右する協調領域【2】は、国内の競合各社の共同体制ですから運用は非常に難しく、競争と協調の線引きにあいまいさが残るとうまくいきません。業界内での確実な共同認識の下で運用されるべきもので、ROBOCIPはこれに相当する組織として2020年に設立されています。
以上は、ロボット業界の水平協業に関する議論ですが、日本の豊富な基礎基盤技術を活かすために異業種との垂直協業も必要になります。機械要素に関する垂直協業のイメージを図3に示します。産業用ロボットというシステムを構成するエレメントとマテリアルの3者による協調体制で、実績のある部品や材料を求めるのではなく、ロボットに適した部品や材料の開発まで踏みこんだ活動を期待するものです。エレメント、マテリアル側にとっては、産業用ロボットという限定したシステムアプリケーションをきっかけとして、産業機械全般に対するアプローチが開けることを期待したいところです。
<販売サイト>
Amazon
Rakutenブックス
Nikkan BookStore
<書籍紹介>
日本は産業用ロボット生産台数で、世界シェアの半分を占めています。一大産業となった産業用ロボットはどんな技術に支えられ、どのような変化を遂げるのか。長年、産業用ロボットの現場にいた著者がロボットの要素技術から自動化までを解説します。
書名:産業用ロボット全史
著者名:小平紀生
判型:A5判
総頁数:256頁
税込み価格:3,300円
<編著者>
小平紀生 (こだいら のりお)
1975年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業、三菱電機株式会社に入社。1978年に産業用ロボットの開発に着手して以来、同社の研究所、稲沢製作所、名古屋製作所で産業用ロボットビジネスに従事。2007年に本社主管技師長。2013年に主席技監。2022年に70 歳で退職。
日本ロボット工業会では、長年システムエンジニアリング部会長、ロボット技術検討部会長を歴任後、現在は日本ロボット工業会から独立した日本ロボットシステムインテグレータ協会参与。日本ロボット学会では2013年〜2014年に第16代会長に就任し、現在は名誉会長。
<目次(一部抜粋)>
序章 産業用ロボットの市場と生産財としての特徴
第1章 産業用ロボットの黎明期
第2章 生産機械として完成度を高める産業用ロボット
第3章 生産システムの構成要素としての価値向上
第4章 ロボット産業を取り巻く日本の製造業の姿
終章 ロボット産業の今後の発展のために