キヤノンの「段ボール1枚で衝撃を吸収する梱包材」に込められた工夫と価値
Game Changer ビジネスを変える/キヤノン イメージコミュニケーション事業本部・大辻聡史氏
キヤノンイメージコミュニケーション事業本部の大辻聡史さんは幼少期、環境への価値を残すことを自身の使命だと悟ったという。動物番組を見て「なぜ、人間のせいで動物が絶滅するのか」と抱いた疑問がきっかけだ。さながら神の啓示のようだ。
成長し、発明によって社会を変えたいと大学で化学を専攻。化学メーカーから内定を得たが、「海外売上高比率の高い企業なら、世界に大きな効果を与えられる」とキヤノンを選んだ。
「環境を良くする新規事業を打ち立てたい」と意気込んで入社。開発部門や工場を経験すると学びが多かった。新商品は事業部にとってプラスだが、不慣れな作業が生じる生産現場には負荷になる。「新商品は多くの人の苦労で成り立つ。いろいろな人の気持ちを考え、新商品の価値を伝えることが大事だ」と唇をぎゅっと結ぶ。入社13年目、使命を果たす時が来た。キヤノンは6月、“自撮り動画”にこだわったデジタルカメラを発売した。指だけで持って撮影もできる小ささが売りだ。大辻さんがカメラ部門に異動して初めて担当した商品であり、「環境に関連した取り組みをしたい」という思いが湧いた。ちょうど欧州の販売会社から「梱包材の環境負荷を低減してほしい」と明確な要望が届いた。プラスチック製梱包材は商品を取り出した後、捨てるだけ。大辻さんは「社内で話し合う価値がある」と梱包材の“脱プラ”を提案した。
コスト上昇や工場への負荷が予想されたが、梱包材の設計担当者が共感し、段ボール1枚で衝撃を吸収する梱包材を開発してくれた。だが、運搬の実験中、まれにカメラの一部に変色が出た。発売日が迫る中、梱包材担当者が試行錯誤してカメラの入れ方を変えて解決できた。大辻さんは「いろいろな人の思いがかみ合った」とかみしめる。自身の考えを押しつけるのでなく、周囲にも脱プラの価値を伝えた大辻さん。関係者に感謝を伝える素直な人柄が社内に共感を呼び、梱包材を変革に導いた。(編集委員・松木喬)
持続可能な開発目標(SDGs)の達成には人の力が欠かせない。社会や会社を変える人を紹介する。(随時掲載)
【略歴】おおつじ・さとし 信州大院工学系研究科応用高分子学修了。11年キヤノン入社。現在、カメラの事業推進を担当。36歳。座右の銘は「森羅万象に多情多恨たれ」。
日刊工業新聞 2023年10月27日