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損保大手4社にカルテル疑惑、引き起こした「業界の特徴」

損害保険大手4社が企業向け保険の価格調整疑惑に揺れている。当初は特定の担当者による個別事象とみられていたが、100社超とも言われる幅広い業種向けで調整が疑われる。保険は人々の信頼の上に成り立つビジネスであるだけに、業界の信用に影を落とす事態に発展した。信頼回復に向け、大手損保はコンプライアンス(法令順守)に関する認識をいま一度、見直すことが不可欠だ。(大城麻木乃)

法令順守「徹底」不可欠

金融庁は実態把握や真因分析を一段と進める考えを示した(鈴木金融担当相)

企業向け保険の価格調整が疑われているのは、東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の4社。補償額が巨額になる恐れのある契約を複数社で分担して引き受ける「共同保険」に関し、事前調整があったとみられている。

4社は金融庁による報告徴求命令に基づき、9月29日に全営業部店を対象にした保険料の調整行為に関する調査結果を同庁に報告した。報告を受けた鈴木俊一金融担当相は、10月3日の記者会見で「法令に基づく追加の報告を求めることも含め、適切な対応を検討していきたい」と発言。実態把握や真因分析を一段と進める考えを示した。

今後の焦点の一つは、価格調整行為が組織ぐるみだったかどうかだ。現時点ではその事実は明らかになっていない。日本損害保険協会の新納啓介会長(あいおいニッセイ同和損害保険社長)は9月の記者会見で、あいおいニッセイ同和損保のケースとして組織的な指示や関与はなかったとの見方を示した。

ただ一部の会社では人事異動の際の引き継ぎメモで、各社の共同保険の担当者同士が、事前の価格調整に相当するような行為を行っていたともとれる内容の記載があったとの指摘がある。調整行為が業界の慣習として広がっていた恐れがあり、鈴木金融担当相は「営業担当者個人の判断か。それとも上司も関わっていたのか。経営管理体制や業務運営体制が適切に整備されていたかといった点に着目して実態把握を進めたい」としている。

補償額が巨大化 価格転嫁難航、事前調整の誘因か

保険料の事前調整の対象となった企業は業種が多岐にわたり、その数は100社超とも言われる(イメージ)

価格調整問題が起きた背景には、自然災害の激甚化などで補償額が巨額に上るケースが増えていることが挙げられる。企業向け保険は個別見積もりとなるため統計は出されていないが、個人の住宅を例に取ると、洪水などの水災による2016―20年の5年間に損保会社が支払った保険金額は、その前の5年間に比べて約4倍に増えた。

収支を改善するために、損保各社は保険料を引き上げる必要に迫られている。足元はインフレが顕著だが、長引くデフレを経験した日本において「企業向けの値上げ交渉は難航する」(損保会社)と言われ、各社の頭痛の種となっている。手間を省くため事前に価格調整行為に及んだとの見方がある。

独占禁止法に詳しい大江橋法律事務所弁護士の長沢哲也氏は「近年、カルテルで摘発される業界には二つの特徴がある」と指摘する。

2000年代中頃から10年余りの間、多くのカルテル事件が公正取引委員会に摘発された。特徴の一つはその時代にカルテルで痛い目に遭っていないこと。もう一つが同業他社との間でコミュニケーションを取る機会が比較的多い業界だ。

その一例が事業者向けの電力販売をめぐりカルテル問題が起きた電力業界だ。自由化前まで長年にわたり地域独占でカルテルとは無縁だった上、業界団体を通じて横のつながりが強かった。「しばらくカルテルの摘発がなく、共同保険で同業他社と連絡を取り合う必要のあった損保業界も似た傾向にある」(長沢弁護士)という。

再発防止に向けては、コンプライアンスの徹底が不可欠になる。日本損害保険協会は、独禁法に関するセミナーや会員会社向け啓発活動に力を入れる意向を示す。さらに今回の調査結果や関係当局の対応を踏まえ、「損害保険会社の独占禁止法遵守(じゅんしゅ)のための指針」を改定する方針だ。「共同保険における留意点の追記などを行い、会員各社の行動変容を促す」(新納啓介会長)としている。

損保業界は、カルテルにとどまらず、ビッグモーターによる保険金の不正請求問題も抱えている。それでも、大手4社で市場シェアの9割を占めるため、顧客は4社と契約するしかなく「各社のシェアに大きな変化はない」(大手損保首脳)という。業界の自浄作用の向上が求められる。

インタビュー

同業者と不要な接触廃止を
大江橋法律事務所弁護士・長沢哲也氏

損保業界の共同保険における価格調整問題について独禁法の専門家、大江橋法律事務所弁護士の長沢哲也氏に話を聞いた。

―独禁法の観点で今回の損保業界の問題をどう見ますか。
「引き受ける保険金額や各社の割合がどのようにして決まるのか。その金額や割合の決定に競争原理が導入されているのかがポイントになる。難しいのは、取引相手が私企業だったことだ。競争させるかどうかは契約者が自由に決められる。競争が法律で義務付けられている官公庁とは訳が違う。顧客から適宜話し合いで割合を決めてくださいと言われ、各社で協議しても何ら問題はない。違法かどうかはケース・バイ・ケースになる」

―損保大手3社は東京都の公用車の自動車保険における競争入札でも談合の疑いが持たれています。
「東京都の場合、地方自治法で競争入札が義務付けられている。価格調整行為は即違法になる」

―再発防止策については。
「まず事業全体を洗い出し、カルテルの温床になるような同業他社との不要な接触機会がないか棚卸しする。不要なものは廃止し、接触が必要な場合は上司へ報告したり、会議の内容を記録したりして管理する必要がある。大事な点は、カルテルの場合、問題が起きやすいのは第一線にいる社員であることだ。競争相手とどのような話題に及んだら違法になるのか、前線の社員一人ひとりの勘が働くようになるまで教育を徹底すべきだ」


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