硬水を容易に軟化させる。世界の需要に応えるシンプルな新技術
世界には硬水地域が多くある。日常生活での硬水使用は、前立腺がんなどの発症リスク増加や配管内での無機塩類析出といった多くの問題を生じる。だが、軟化処理にはコストや大きな装置、排水処理などが必要となる。これに対し、岐阜大学の久保和弘教授らはTKS(岐阜市)と共同で、硬水を噴霧化するだけで軟化できることを発見。硬水を容易に生活に適した硬度にでき、世界の需要に応えられると期待される。
ビーカーに入れた硬水を圧力1メガパルス(メガは100万)で繰り返し噴霧する。すると水中に白色沈殿物と微細な泡が発生。水素イオン指数(pH)が上昇し、硬水中のカルシウムイオン濃度と電気伝導度が減少する。
さらに、噴霧化後の水を静置すると、時間経過とともに沈殿物が増加、カルシウムイオン濃度が減少し、最終的に欧州連合(EU)加盟国の飲用水道水のガイドライン推奨範囲内に収まった。
硬水は一般に二酸化炭素(CO2)が過剰に溶解しており、炭酸水素カルシウム水溶液となっている。液中では炭酸水素カルシウムがイオン化しほぼ完全に解離している。液中の過飽和CO2を揮発させ、炭酸カルシウムの沈殿を促進することで軟化できる。
硬水を加熱すると同様の反応が起こるが、しばらく置くと炭酸平衡によりpHは戻る。だが、噴霧化の繰り返しが多いほど静置後もpHは上がったまま戻らず、CO2の脱気や炭酸カルシウムを沈殿させる反応にシフトしたままになる。
この謎を解くカギは、直径100マイクロメートル(マイクロは100万分の1)未満の小さな気泡「ファインバブル(FBs)」にあると推察された。
噴霧化による軟化現象は、噴霧化直後の急な変化とその後の緩やかな変化の二段階に分けられる。まず噴霧化により、気液界面の表面積が急激に増加する。同時に1メガパスカルから大気圧の約0・1メガパスカルまで瞬間的に減圧されることでCO2が大気中に逃げていく。
さらにこの時、直径1マイクロ―100マイクロメートルのマイクロバブルと1マイクロメートル未満のウルトラファインバブル(UFBs)が大量に発生。特にUFBsが静置後の緩やかな炭酸カルシウム析出に関わる可能性がある。UFBsは圧壊する時に水の分子などがラジカル化する。高いエネルギーにより、炭酸水素カルシウムからの脱水や脱炭酸反応を誘発し、炭酸カルシウムを沈殿させると考えられる。
この現象は、「沸騰とよく似ている」(久保教授)。UFBsは液中にとどまり続け、本来なら平衡状態となる反応を炭酸カルシウムを沈殿させる方向にシフトさせ続ける。
一連の実験で特殊な装置は使っておらず、久保教授は、「普通の生活水を得るには簡単で良い」と強調する。また、この技術を前段階に使うことで現在の軟水化装置のアルカリ剤投入を減らす、膜の目詰まりを抑えるといった効果も見込める。
硬水の軟化は人々の健康リスク低減に大きく関わる。久保教授は、「メカニズムをさらにしっかり解明して応用していきたい」と実用化を見据える。