新エネルギーの旗手、「人工光合成」研究の現在地
神谷信夫大阪公立大学特別招へい教授と沈建仁岡山大学教授は、自然光合成における水分解・酸素発生の分子機構を解明した。植物による光合成のメカニズムを明らかにしたほか、新たなエネルギー源を得られるとして「人工光合成」による産業利用への期待がかかる。神谷特別招へい教授は、「2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けて、光合成で貢献したい」と意気込む。(大阪・石宮由紀子)
光合成の仕組みを応用した世界各国での研究について沈教授は、「電気で水を分解し、水素を作る研究はいいところまで行っている」と説明する。国内では22年、三菱ケミカルや三菱ガス化学、人工光合成化学プロセス技術研究組合の3者による「人工光合成型化学原料製造事業化開発」が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の総額2兆円プロジェクト「グリーンイノベーション基金事業」に採択された。人工光合成は新エネルギーの旗手として注目されている。
光合成は複数の反応が折り重なったシステムだ。太陽光エネルギーを吸収して反応が起こる「明反応」と、その産生物をもらって二酸化炭素から糖質を合成する「暗反応」の2種の反応がある。うち明反応は光エネルギーにより水を分解すると酸素と水素イオン、電子を生成する。
酸素は大気中に放出され、電子は膜たんぱく質と結合する。うまく電子を取り込むことができれば、エネルギーとして活用できると考えられる。これが実現すると、「人工光合成」になる。だが単純にこの工程を踏めばいいわけでなく、最初の水を分解する段階で有効な触媒が必要になる。この触媒とは、「光化学系Ⅱ(PSⅡ)」。藻類や植物の葉の中にある膜たんぱく質で、光合成による酸素分子の発生に重要な役割を果たす。
触媒として重要なPSⅡの酸素発生反応の先行研究では、4個のマンガン原子(Mn)と1個のカルシウム原子(Ca)が複数の酸素原子(O)で結びつけられた金属・酸素クラスター(集団)の上で反応が進行しているとされていた。クラスターの正確な化学組成や詳細な原子配置は明らかになっていなかったが、両氏はPSⅡの結晶を再現してその働きを研究した。
沈教授らは和歌山県で採取した温泉水を使い、シアノバクテリアを抽出。そこからPSⅡを取り出して結晶化に成功した。この過程で膜たんぱく質を抽出する界面活性剤や沈殿材を利用し、最適化したことが成功のカギとなった。界面活性剤計30種類から異なる2種を探して組み合わせ、濃度なども詳細に設定した。
各国で人工光合成の産業利用の検討や開発が進む中、沈教授は光合成の仕組みについてさらに詳細な解析を進めている。中間状態や反応が最後まで進むかどうかなどは分かっていないのだ。中間状態を解析するため、岡山大で結晶化の作業は続く。現在は70%程度の解析を済ませているが、残りの30%の壁が厚い。これを解消する手段を模索している。
【関連記事】 新しい熱電源を操る愛知の急成長企業を見逃すな!