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ワイン用ブドウ農園で「自然再生」、キリンのネイチャーポジティブ

ワイン用ブドウ農園で「自然再生」、キリンのネイチャーポジティブ

多様な植物や昆虫などが生息するメルシャンのワイン用ブドウ農園

自然再生で企業価値向上 農園草地、生態系に貢献

2030年までに生物多様性の損失を止め、自然を回復させる「ネイチャーポジティブ」が世界目標となった。企業と自然との関係も変化し、動植物を減らさない“自然保護”から、事業活動を通じた“自然再生”が求められるようになった。厳しい要請に応えて「ネイチャーポジティブ経営」を実践し、企業価値を向上させている取り組みを紹介する。初回はキリンホールディングス(HD)。

長野県上田市の丘陵地にキリンHD子会社であるメルシャンのワイン用ブドウ農園「椀子(まりこ)ヴィンヤード」がある。眼下に市街地、正面に浅間山が見え、心地よい風が吹く。

ブドウの木の根元は、多様な植物が生えた草地となっている。多くの果樹農家で採用されている草生栽培だ。植物は土壌に有機物を補給し、根の力で大雨による土壌流出を抑える。下草が生えているので、他の雑草の侵入も防ぐ。

農園は生物多様性の質も高い。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の楠本良延上級研究員との共同調査で植物288種、昆虫168種、チョウ35種、鳥23種を確認した。農園の開業前、現地は遊休荒廃地だった。人の手が入り、草生栽培にしたことで事業活動と一体となったネイチャーポジティブを実現した。

メルシャンは他の農園も草生栽培によって希少種のチョウを呼び込んでいる。「ブドウ農園は良好な草地。ワイン生産と生物多様性を両立している」(楠本上級研究員)と太鼓判を押す。生物多様性を向上させた農園でのブドウ生産は、ワインの付加価値になる。

キリンHDは情報開示にも積極的だ。22年7月、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が提唱する「LEAPアプローチ」に沿って事業と自然との関わりを公表した。TNFDは企業活動の自然への依存と影響を開示する枠組みを策定する国際組織。LEAPアプローチは開示手順を「自然との接点と地域を特定して診断、評価、報告する」と整理したガイダンスだ。

椀子ヴィンヤードに当てはめるとワインの味は気候風土が左右するため、自然や地域との接点が大きい。農研機構との調査でブドウ農園が生態系に貢献すると評価した。

紅茶飲料の原料である茶葉も分析した。日本が輸入するスリランカ産茶葉の25%が同社商品の原材料となっており、特定地域との接点が強い。そして、天候不順によって茶葉を調達できなくなると「商品コンセプトが成り立たなくなる」と評価。農家を支援し、対策を打っていることを報告している。

同社CSV戦略部の藤原啓一郞シニアアドバイザーは「LEAPアプローチで自然資本を守る活動を社内に分かりやすく説明できるようになった」と手応えを語る。開示は「社内向けのトレーニング」(藤原氏)だったが、TNFDから「世界初の開示だろう」と言われた。 社内に続き「消費者に説明する一歩になる」(同)と自信をのぞかせる。消費者に価値が伝われば、ネイチャーポジティブがブランド向上と連動した活動となる。(随時掲載)

日刊工業新聞 2023年09月08日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
紙面で「実践ネイチャーポジティブ経営」と題した連載を始めました。その初回です。動植物が増えたことを数値で示し、商品力向上につなげた事例と思います。ネイチャーポジティブを単純に捉えると自然を増やすこと。その成果を発信することでビジネスにもポジティブな影響があると思います。著書『自然再生をビジネスに活かす ネイチャーポジティブ』も発刊しました。

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