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「国際卓越研究大学」選定の東北大、災害科学で価値を示す

「国際卓越研究大学」選定の東北大、災害科学で価値を示す

卓越大認定候補選定の記者会見で災害科学などの方向性を説明する東北大の大野総長

東北大学が災害科学を舞台に大学間競争にゲームチェンジを起こそうとしている。防災研究は研究成果のアウトリーチ(普及)が難しい分野だ。成果が社会実装されるまでには市民活動や政治判断など、いくつものステップを踏む。論文の被引用数など単純な指標では評価できなかった。東北大は防災への投資効果を示し、一人ひとりの行動や社会の施策につなげる。この価値を示すことで大学の価値を向上させる。これは国際卓越研究大学に求められる独自基金の成否に直結する。(小寺貴之)

「災害科学は被引用数を追い求めても意味のない学問。社会の防災減災が進んで初めて価値が認められる。ここからゲームチェンジを起こしたい」―。東北大の大野英男総長は卓越大認定候補選定の記者会見でこう語った。卓越大は世界のトップ大学に追いつくための戦略とゲームチェンジが求められている。

ゲームチェンジは同制度を立案した内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の上山隆大議員の言葉だ。公募開始のシンポジウムで各大学に呼びかけたものの、ゲームチェンジの定義が曖昧なため政府資料からは削られていた。

求められるチェンジは大学経営の自律化と競争原理の変革だ。経営自律化は大学の独自基金で実現される。東北大は25年かけて1兆2862億円の基金を造成する計画だ。文部科学省は「基金の大きさは社会からの大学への信頼や期待を表す」と説明する。ただ英米のトップ大学は数兆円規模の基金をすでに運用しており、1兆円の基金が実現してもトップ大学に追いつくための施策でしかない。

競争原理変革の一つが大学への評価指標の修正だ。現在は論文の被引用数などで大学の研究力が評価されているが、研究者間で引用し合う互助関係が構築されるなど、必ずしも研究力を表さないと指摘されてきた。東北大は災害科学を舞台にこの問題に挑戦する。

例えば災害の被害推定シミュレーションの精度を向上させても、それで社会が動くかどうかは別問題だ。津波到達範囲の推定精度が86%から94%に向上しても、避難訓練の参加率が向上する訳ではない。技術の進歩を自治体の防災政策や個人の行動変容につなげるまでには、いくつもの壁がある。研究者や行政、政治など、それぞれの役割があるものの、災害が起きれば防災研究者は社会から“正解”を求められる。科学的知見を提供すれば済む分野ではなかった。

大野総長は「国連の『仙台防災枠組』やスタートアップなど、さまざまな機関と実現していく」と説明する。連携を通して防災研究の価値が社会に実装され、実践を通して東北大の価値を連携機関が知ることになる。遠回りではあるが、従来の単純化された評価指標による競争原理を覆す可能性はある。大野総長は「震災を経験した我々の使命」という。

防災で確立する連携スキームは気候変動対策や持続可能な開発目標(SDGs)などに広げる。そのための組織再編や経営基盤は、卓越大に認定された際に受け取る約100億円の助成金で整える。東北発のゲームチェンジは華美ではないが、実直な変革になるかもしれない。

日刊工業新聞 2023年09月06日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
東北大の経営改革プランではトップ10%論文の本数を現在の664本から25年で6000本にする目標が掲げられています。サイテーションマジックが蔓延る世の中で25年後もトップ10%論文がKPIであるかどうかはわかりませんが、大学として質の高い論文を9倍にします。論文数は全体で現状の6791本から24000本に増やします。研究者が3.5倍働くか、研究者の数を3.5倍にするか、なにかしないと達成できません。こんな既存のゲームをチェンジする旗頭が災害科学です。こちらは被引用率を追いかけるよりも社会を変えることを目指します。こんなことできるわけないと断じるのは簡単ですが、東北大は挑戦することを決めました。小さくとも一歩一歩社会を動かしていかないといけません。幸い仙台市と東北大は蜜月で一歩一歩のモデルは示せます。これが波及するのかどうか。東北大の挑戦は地域や社会にとっても大きな挑戦になると思います。

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