TSMCは早くも第4工場…「半導体狂想曲」に期待と不安、熱狂の陰で忍び寄る課題
国内で“半導体狂想曲”が鳴りやまない。九州や北海道は大規模な工場建設ラッシュに沸き立つ。一方で、世界的な市況悪化に加えて、建設業に残業規制がかかる2024年問題などが活況に水を差しそうだ。半導体大国復活への道のりには、期待と不安が入り交じっている。(編集委員・鈴木岳志)
台湾・TSMC 早くも第4工場
23年7月、台湾積体電路製造(TSMC)の経営幹部がひそかに来日し、経済産業省幹部らと会談した。主な目的は新工場への補助金の“確約”を得るためだが、対象の新工場は24年春にも着工予定の第2工場ではないという。「第3工場までの補助金確約はすでに得られているので、今回の来日は第4工場に関する交渉だったようだ」(事情通)。水面下の話し合いは想定以上の速さで進んでいる。
熊本県内でも立地に関するうわさが飛び交う。ある地元関係者は「現在菊陽町に建設中の第1工場の隣接地はもはや余裕がなく、第4工場からは別の土地を探さなければならなくなるだろう」と語り、皆が地図を広げて思いめぐらす日々だ。
九州フィナンシャルグループの試算では、TSMCやソニーグループの工場新設などによる熊本県内への経済波及効果が、22年からの10年間で6兆8518億円に上るという。正式発表されていないTSMCの第2工場以降の影響は織り込んでおらず、さらなる上振れも期待できそう。関係者のそろばんをはじく手が速くなるのも当然だろう。
日本に対する半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の前のめりな姿勢の背景には、想定外続きの米国工場計画があるとみられる。
TSMCは7月の決算発表の場で、米国アリゾナ州に建設中の新工場の生産開始が当初予定の24年から25年にずれ込む見通しを示した。人材不足を理由に挙げた。単純な労働者の数だけでなく、習熟度という質の面でも求めるレベルに達していないようだ。
加えて、米国政府が定めた補助金支給の条件も厳しい。中国への増産投資を制限されるほか、余剰利益の返還や顧客取引情報の提供なども義務付けられる。TSMCは米国で最大6工場の建設を当初計画していたとされるが、米国政府の要求と人手不足を受けて予定を変更したとしても不思議ではない。民間企業の手足を縛るような厳しい条件を出していない日本での事業拡大のうまみがTSMC内で相対的に増している可能性は十分ある。
ただし、日本国内も明るい話題ばかりではない。特に物流業界で騒がれている24年問題はTSMCの第2工場や、次世代半導体会社のラピダス(東京都千代田区)による北海道千歳市の新工場の工事にも暗い影を落とす。これまで働き方改革関連法の残業上限規制が猶予されてきた建設業への適用が24年4月から始まる。
「台湾人が日本の24年問題を理解してくれるとは思えない」と工事関係者から不安の声が上がる。半導体工場の建設現場に残業規制がかかれば、場合によって現状比1・5倍から2倍の人数で作業を分担することになるという。当然、人件費はその分膨らむ。昨今の資材価格高騰も重なって、第1工場よりも建設コストアップは目に見えている。
「24年問題を乗り切る方法は三つしかない。人を増やすか、納期を延ばしてもらうか、法律を無視して残業するかの究極の選択だ」(工事関係者)と現場の危機感は想像以上だ。第2工場の建屋は第1工場とほぼ同じ設計となる。ただ、建設費まで同等とはいかないだろう。
TSMC誘致やラピダスは一大国家プロジェクトであり、現場では日本政府の支援を求める声が日に日に高まっている。建設業などへの残業規制が適用されるまで、もう半年しかない。
ラピダス 取水制限、足かせに
ラピダスは1日、北海道千歳市で工場起工式を開催した。第2次産業が弱い地元にとって、新たな半導体集積地になり得る壮大な構想は実現前から期待が過熱気味だ。半導体大国復活に向けて総論賛成の声が業界内の大半を占めるものの、国家主導の拙速なプロジェクト進行を批判する向きも少なくない。
その一つが半導体製造に欠かせない水資源の問題だ。同日の記者会見でラピダスの小池淳義社長は「地元の協力も得て、素晴らしい自然をきちんと守ることを最大限の目標として頑張っていきたい」とあえて自然との共存を強調した。
当初は工場周辺の地下水を取水することを検討していたが、国立公園が近くにあって開発が厳しく制限されている。早々に計画変更を余儀なくされ、現在はお隣の苫小牧市から水を引いてくる方向で調整しているようだ。
ほかに、最先端技術に明るい人材の不足や、米IBM以外の顧客開拓、事業採算性など、課題を挙げだしたらきりがない。
ただ、経済安全保障上、半導体は単なる電子機器に組み込まれる1部品を超える存在となったのもまた事実だ。国が前面に出た前例のない試みであり、その結果は当然まだ誰も知らない。
米インテル 「タワー」買収断念、“日本工場”幻に
「今回の買収破談は正直に言って残念だ」。経産省幹部は8月に発表された米インテルによるイスラエルのファウンドリー、タワーセミコンダクター買収断念を嘆いた。タワーセミコンダクターは日本の富山県に複数の工場(旧パナソニック)を保有している。買収が無事完了していれば、ファウンドリー事業を拡大したいインテルが、同工場に大規模な設備投資を行ってTSMCなどに対抗していくと期待されていた。
激化する米中対立により宙に浮いたタワーセミコンダクターの行方は不透明だが、単独では縮小均衡に陥る可能性が高い。新たなパートナーを探しつつ、工場の切り売りも選択肢の一つだろう。「米国半導体大手のオンセミが22年末に新潟工場を(日本の独立系ファンドリーの)JSファンダリへ売却したように、タワーも富山の工場を売却するかもしれない」(事情通)との観測も流れる。
建設コスト上昇や人手不足を考慮すれば、時間を買う工場買収は理にかなっている。台湾ファウンドリー大手の力晶積成電子製造(パワーチップ)と提携したSBIホールディングスも国内での半導体工場設立を目指しており、日本全体を巻き込む狂想曲は当分続きそうだ。
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