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先端半導体など難題に挑む産総研の事業子会社、命運託された新社長の思い

研究所がイノベーターに 変わった産総研 #02

先端半導体など難題に挑む

産業技術総合研究所は研究成果の社会実装を進める子会社「AIST Solutions」を設立し、新社長に元TDK専務執行役員戦略本部長の逢坂清治氏を迎えた。TDKはフェライトの工業化を目的に創業し、磁気テープや二次電池などの事業を入れ替えながら成長してきた。社運をかけた事業転換を支えた大番頭だった逢坂氏に、新会社の命運を託した。

「産総研の石村和彦理事長のボールを私が必死に受け止める。千本ノックのような状態が7年間続いた」と逢坂氏はTDK時代を振り返る。TDKの社外取締役だった石村理事長は専務執行役員の逢坂氏に経営課題を突き付けてきた。

この関係は産総研でも引き継がれるかもしれない。逢坂氏は新会社「AIST Solutions」の社長に就任し、事業のポートフォリオ設計を進めている。対象領域は「エナジーソリューション」「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」「バイオ・ウェルビーイング(心身の幸福)」「デジタルプラットフォーム」「エッジAI半導体」「マテリアルDX」の六つだ。先端半導体や脱炭素など、日本が直面する難題が並ぶ。

逢坂氏は新社長の打診を受けた際に「こんな大それた仕事は自分にはできない」と思ったという。この逢坂氏を産総研は半年かけて口説き落とした。研究現場を見せて回り、石村理事長は新会社で進めるオープンイノベーションの構想を説いた。逢坂氏も世界のエレクトロニクス産業を見てきて、オープンイノベーションこそ日本の産業界が世界から遅れていると感じてきた。逢坂氏は「産総研は日本が成長していくために重要なポジションにいる。これを確信でき、引き受けることにした」と振り返る。

新会社で進める産学連携はこれまでと一味違ったものになる。従来は大学の財源多様化のために産学連携が推進され、大学救済の側面があった。研究者は自分の技術を開発してから売り歩く。

新会社はマーケティングに力を入れる。単なる市場調査でなく市場を創る。そのため相手の事業を成長させるためのプランを数字を積み上げて提案する。そこで事業共創を経営の柱に据えた。

新会社が稼働すると産総研の研究者は社会や企業が求めるニーズから逆算して技術を開発しやすくなる。

この変化はすでに始まっている。資源循環では技術のスペックロードマップを策定した。俯瞰(ふかん)的に個々の要素技術に求められるスペックを整理し公開した。自らの開発構想を並べる従来のロードマップとは一線を画したものになった。産業界と学術界に技術開発を促す指針になる。逢坂氏は「日本には素晴らしい技術がある。その主役は企業だ。我々はそれを支えられる」と力を込める。


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日刊工業新聞 2023年04月19日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
国のロードマップは予算の付いた開発プロジェクトを束ねたものが多いです。達成に向けてコミットされているプランが並んでいます。脱炭素などは、達成目標から逆算して必要なスペックを整理しないといけませんでした。介護もバックキャストで必要なテーマを設定し評価体系やツールを整えています。業界全体のために道標を立てていく仕事は採算がとれないため民間では難しいです。ですが、しっかりやると業界の真ん中に立てます。産総研と組む企業にとっては魅力的なことだと思います。

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