「新技術成果」自ら社会実装…産総研が進化する
産業技術総合研究所(AIST)が国立研究開発法人の役割を拡大している。完全子会社「AIST Solutions」を設立し、自ら成果の社会実装を始める。日本の国研は研究開発を本務としてきた。ただ研究は社会課題解決や産業競争力強化の手段に過ぎない。産総研は新技術の社会実装まで手がけることを存在意義としている。実践への道筋を描き、研究所からイノベーションの実行者へと進化する。(3回連載)
「民間のスピードでプロジェクトを進める。人材が足りなければ、外部と連携して強化する」―。産総研の石村和彦理事長は新会社設立の意図をこう説明する。新会社は経営共創基盤(東京都千代田区)傘下の先端技術共創機構(同文京区)と業務提携を結んだ。日本政策投資銀行やベンチャーキャピタル(VC)のユニバーサルマテリアルズインキュベーター(UMI、同中央区)との連携も予定している。株式会社化したことで速い経営判断が可能になり、連携の幅が広がった。
待遇面も向上する。国研は国家公務員の給与体系に準じるという制約があったが、新会社にこうした制約はない。産総研の片岡隆一理事は「素晴らしい成果に対しては産総研の理事長を超える成功報酬を設定できる」と説明する。
株式会社化で成果に報いる仕組みが整う。市場を創るマーケティング人材など、国研には手の届かなかった人材の獲得を進めている。片岡理事は「20年分の経営改革を2年でやっている」と苦笑いする。
この経営改革は社会課題解決と産業競争力強化が目的だ。介護やインフラ管理などの社会課題を解決するには技術を安定供給することが必要になる。サービス事業者に技術移転しても技術開発部隊を維持できないためだ。安定供給と事業を成り立たせるためには、用途開拓やビジネスモデル設計などの知見が必要だった。
産業競争力強化の面では、量子コンピューターのような産業蓄積が薄い領域でも瞬く間に大型プロジェクトが立ち上がる時代になった。荒野に一夜城を建てる速さが国の産業競争力を左右している。米国はこれを巨大なリスクマネーで実現し、中国は国を挙げて進めている。
産総研は幅広い研究領域を抱えているため、中核技術と周辺技術を含めて優秀な研究者を探し出す力は持っている。ここに新会社の機動力と投資機関との連携を組み合わせることで、大型プロジェクトを組成できるようになる。
新会社は社会課題解決と産業競争力強化への橋頭堡(ほ)になる。石村理事長は「日本初の挑戦になる。産総研の強みを最大限発揮して社会実装を果たす」と力を込める。