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地域に伴走し、流通まで担う。鯖江の実践者に学ぶデザインの姿勢

スイッチを入れる人 #5 新山直広さん / TSUGIクリエイティブディレクター

福井県の越前・鯖江地域は眼鏡や箪笥(たんす)、和紙など7つの産地が半径10km圏内に集まる産業集積地だ。TSUGI(ツギ、福井県鯖江市)代表でクリエイティブディレクターの新山直広さんは鯖江市に暮らしながら地場産業を活かした製品開発や工房見学イベント「RENEW(リニュー)」の立ち上げなど地域と協働するデザインを実践している。歴史ある産業を未来につなげる仕事の姿勢や今後の展望を聞いた。

【連載】スイッチを入れる人:新たな取り組みで市場や仕組みを生み出したり、誰かの挑戦を後押ししたりする人がいます。そんな社会変革の“スイッチ”を入れる人に、狙いや展望を聞きました。

地域に伴走し、流通までを担う

—鯖江市でデザイナーとして活動を始めた背景を教えてください。
 地域に根付いた伝統産業や職人の仕事を未来につないでいく力としてデザインが必要と捉えたからです。ここでいうデザインはブランディングや製品開発などを通じてその土地に長期間伴走し、イベントや店舗など作ったものを市場に届ける場にも参画する仕事と位置づけています。

和紙の老舗企業と開発した「Food Paper」。野菜や果物からできた紙を文房具などの製品に展開。

私は大学4年生の時にアートキャンプを通じて鯖江市と出会い、卒業を機に移住しました。移住後の仕事のひとつだった地場産業の調査では製品や職人との出会いを重ね、鯖江の生活や仕事の根幹が「モノづくり」に通じていると実感しました。その一方で見えてきたのは、人口減少や職人の後継者不足といった先の見えない不安と背中合わせの環境です。「このまちのモノづくりが続いていくために自分は何ができるのか」と考える機会が増える中、地域の課題を解決し産業の未来を広げていく担い手としてデザイナーになろうと決意しました。

—地域や伝統産業など長い歴史を持つコミュニティーと協働する上で工夫したことは。
 専門分野や立場に固執せず、ゼネラリストの振る舞いを心がけることです。ビジネス戦略やコミュニケーション設計に積極的に携わることで、デザインが対象とする領域の広さについて周囲の理解を得られた印象があります。

持続可能な産地を作る

—2015年からは産業振興イベント「RENEW」を開催しています。
 地域との関わりが深くなるにつれ、多くの人がバブル崩壊以降、ネガティブな思考にとらわれている状況が見えてきました。その突破口として、消費者を産地に呼び込み、工房見学や製品販売を通じて福井のモノづくりを伝える場を立ち上げました。イベント名の由来は「リニューアル」。思考停止になっていた作り手のポテンシャルを取り戻すという意味を込めました。

和紙工房の見学
漆器工房でのワークショップ

—消費者が産地を訪れる機会ができたことで地域にどのような変化が生まれましたか。
 「まだやれる」「頑張れる」と前を向く職人や工房が増えました。イベントをきっかけに市内で累計45人の就職者が生まれ、この土地に若い世代や長期的な関わりをもつ人が増えている実感もあります。
 またRENEWの立ち上げ以来、市内に33のファクトリーショップが新規開店しました。モノづくり企業に「自分たちが作ったものを自分たちで売る」意識が芽生えた印象です。自社製品の開発や店舗運営など業態が広がったことで、販売や流通に携わる職業の雇用も増えています。

—変化の中で新たに見えた地域の特徴は。
 製品を作る上で「売れなければ意味がない」と強く意識している点です。越前鯖江エリアは雨や雪が降りやすく、農作に適さない地形のため、家庭内手工業が冬場の収入を得る役割を担ってきた歴史があります。こうしたルーツは仕事に対する「食べていくため」の姿勢や、時代の変化を取り入れて成長する土台になっていると思っています。

—人を呼び込むだけでなく、外部へ足を運ぶ発信にも積極的です。
 デザイナーとして地元企業と関わる中で「伝統産業」というカテゴリーを超えた製品やブランドが多く生まれました。それらを販売するポップアップストアなどを実施し、顧客の声や消費者の反応を知る仕組みに応用しています。そして、地域の外で得た情報は産地の職人に共有し、モノづくりのプロセスに循環させています。これは自身の製品を売りながら仕事に使う材料や他の土地の情報を仕入れるために全国に足を運ぶ「行商」の習慣をヒントにしました。

眼鏡の端材を活用したアクセサリーの自社ブランド「Sur」
東京・下北沢で開催したポップアップストア

—活動を継続するためには体制作りや事業の成長が問われます。今後の展望は。
 これまでの実践で得た知見をもとに「越前鯖江エリアを日本一の観光産業地域にする」という新たなビジョンを掲げました。22年7月にはこれまでのRENEW事務局を法人化し、活動の母体となる一般社団法人SOEを設立しました。工房体験や宿泊施設の設置(24年開業予定)など通年で実施できるコンテンツを拡充し、年に1回の「イベント」から「観光産業」への事業成長を目指します。RENEWの立ち上げ時からのビジョンは「持続可能な産地を作る」こと。変化を柔軟に受け入れるモノづくりの姿勢を引き継ぎながら、必要な手段を見極め、活動を発展させていきたいです。

対話を重ね、職業像を変える

—この地域でデザイナーになると決めた当初、周囲はどのような反応でしたか。
 喜ばれませんでした。「俺たちはデザイナーなんて大嫌いだ」と怒り出す人もいたくらいです。これまで親しく接してくれていた職人さんからも「あいつらは詐欺師だ」と厳しい言葉を投げかけられました。

—それはなぜでしょうか。
 デザイナーと職人が協業して事業を立ち上げる試みは過去に何度か実施されたものの、作った製品が売れなかったり、仕事をする上で対等な関係を築けなかったりした歴史があるからです。そこで、地域で信頼されるデザイナーになるにはただ一緒に何かを作るだけでなく、製品を売る仕組み作りや市場に届ける仕事までを担う必要があると自覚しました。

—どのように信頼を築きましたか。
 地道な対話を重ね、自分の目指す「地域に仕えるデザイナー」の在り方と、過去に出会ったデザイナーのネガティブな印象のギャップを解いていきました。捉え所がなく、敷居が高い存在に思われる職業像を変えるため、活動の過程では周囲が接しやすい場作りを工夫しました。例えば、事務所の一角で運営している店舗には仕事以外でもまちの人と交流できるコミュニケーションスペースの役割を持たせています。
 もう一つ大切にしていたのが「頼まれていない仕事を自ら作る」姿勢です。地域のためにイベントを立ち上げ、自身が主体となってやり切ったRENEWの実績は、地元の企業や職人にこのまちで仕事をする覚悟を伝えられたように思います。

RENEW開催風景

—キャリアにおいて自身のスイッチになった出来事はありましたか。
 デザイナーになると宣言し、ひとり奮闘していた頃に当時の鯖江市長(牧野百男氏)に「行政は最大のサービス業。そう考えたらデザインができる領域は無限にある」と言われ視野が広がりました。この言葉をきっかけに、デザイナーとして最初の3年は市役所の商工政策課で働きました。産業振興イベントの運営や広報物の制作に携わり、独学で身につけたスキルが地域の役に立つ実感を得られたことは嬉しかったです。またその過程にあったリサーチや分析など、デザインの一部と捉えていた仕事が周囲からの信頼につながった体験は自信になりました。
 市役所では賑やかな話題だけでなく、企業の倒産情報などネガティブなニュースを日々目にします。こうした経験は、目の前の情報だけに注目するのではなく「物事を俯瞰して考える」デザインの本質的な訓練にもなりました。

—ご自身の今後の展望は。
 これまで起こした大きな行動のきっかけにはある種の怒りが混ざっていました。アートキャンプの時のにぎやかさとかけ離れた閉塞感に対する課題意識や、地場産業の将来が見えないことへの危機感などです。地道に活動を続け、デザインが地域のエネルギーとして浸透してきた今、その感情は少しずつ解消された気がしています。
 最近、近所に一軒だけあるコンビニが若い人たちでにぎわっている様子をよく見かけます。自分が移住したての頃「若者がいない!」と衝撃を受けた時からは想像もできなかった光景です。こうしたまちの変化や「この地域で頑張りたい」と新たに移住してくる人の追い風となれる仕事を今後も続けていきたいです。

【略歴】にいやま・なおひろ 大阪府生まれ。2009年京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。同年福井県鯖江市に移住。15年TSUGI設立。18年より京都精華大学伝統産業イノベーションセンター特別研究員。22年SOE副理事。37歳。

写真・画像は本人提供、インタビューはオンラインで実施。

ニュースイッチオリジナル
濱中望実
濱中望実 Hamanaka Nozomi デジタルメディア局コンテンツサービス部
新しい取り組みのデザインはそれまでの歴史や構成要素を紐解く「分解」とそれらを編み直して未来をかたち作る「再構築」が重要です。業界を問わず、新規事業や新製品に企業のルーツや強みにしている技術が光る事例は多くあります。伝統産業や地域振興においてもそれは共通していて、新山さんが実践されているブランディングや場づくりからは、そこに参画するデザイナーや先導者のヒントがあるように感じます。異なる立場の人が協働する機会が広がる昨今、周囲と対話し、共に歩む姿勢はどのような仕事においても大切です。

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