ディープテックは大きなリターンを秘めている!
ディープテック(大規模研究開発型)系スタートアップに対する投資家の関心が高まっている。気候変動など社会問題解決に向け先端技術への社会的要請が高まっているためだ。ディープテック系スタートアップは、事業化までに時間を要することが多く、これまで資金調達が難しかったが、ベンチャーキャピタル(VC)がファンドの運用期間を長くして投資するケースが出てきた。また量産を手助けするなど資金以外の支援体制も整い始めた。(小林健人)
エネルギー・バイオ・製薬など多岐
「投資家の関心の高まりを感じる」。次世代太陽電池の一つとされる「ペロブスカイト太陽電池」を開発する京都大学発スタートアップ、エネコートテクノロジーズ(京都府久世郡)の加藤尚哉代表は、投資環境の変化を実感する。同社が3月に実施した約16億円の資金調達には、18者が出資した。加藤代表は「ここまで多くの投資家が応じてくれるとは思っていなかった」と嬉しい誤算に笑顔をみせる。
大学や研究機関などから生み出された先端技術を裏付けとするディープテック系スタートアップ。その業種は蓄電池などのエネルギー、バイオテクノロジー、製薬など多岐にわたり、社会課題を解決する役割にも期待がかかる。一方、ハードウエアの量産化など乗り越えるべき課題は多く事業化、その先の収益化を含め、ソフトウエア系と比べ時間を要する場合が多く、資金が集まりにくかった。しかし風向きは変わりつつある。
ベンチャーエンタープライズセンター(東京都千代田区)の『ベンチャー白書』によれば、日本のスタートアップ投資の対象は「コンピュータ及び関連機器、ITサービス」「ソフトウェア」のIT関連で約40%を占める状況だが、見逃せないのはディープテック関連分野への投資が堅調に推移している点。20年、投資額全体が減少した中で「工業、エネルギー、その他産業」は前年比で伸びを示し、「バイオ、製薬」は減少となったがマイナス幅は他分野より小さかった。
ディープテック系が多い大学発スタートアップの調達金額も増加傾向にある。ユーザベースのスタートアップ情報データベース「イニシャル」によれば、21年は17年と比べ約2・3倍の1153億円に伸びた。
ディープテック系スタートアップが注目される背景には、気候変動や食糧、医療など社会問題が深刻化していることがある。既存技術の延長では解決が難しいため、ディープテック系スタートアップが有する先端技術への期待が高まっている。事業化すれば、既存技術の置き換えという大きな需要が見込めるため、「100倍以上のリターンを生み出す可能性を秘めている」とVCのANRI(東京都渋谷区)の鮫島昌弘ジェネラルパートナーは話す。
運用期間長く、量産支援
こうしたことからVCのファンド運営姿勢も変化する。一般的にVCファンドは10年程度の運用期間で金銭的リターンを生み出さなければならない。この運用期間の制約はディープテック系スタートアップに投資する際、障害になりかねない。
そこでANRIは2月から、気候変動や環境問題に特化したファンドで、運用期間を最大15年と長めに設定したファンドを始めた。鮫島ジェネラルパートナーは「脱炭素という産業を置き換える取り組みには、従来の運用期間は適切ではなかった」と意図を説明する。
想起されるのは、2000年代初頭に起きた「クリーンテックバブル」だ。今で言うディープテック系に当たる環境スタートアップに多額の資金を投じられたが、多くが失敗に終わった。
事業開始の早い時期から小規模ながらも事業モデルを確立し、それを調達資金で拡大して一気に市場シェアを獲得する。こういったITスタートアップの「黄金パターン」を使えないのが、ディープテックの特徴。クリーンテックバブルでは、この黄金パターンを環境スタートアップのイグジット(出口戦略)にも適用しようとしたため失敗したという側面がある。
今回、ANRIが組成したファンドは長期間運用することで、投資先となるディープテック系スタートアップの事業開発や成長の時間を確保する。また事業開発の期間が比較的短い二次電池と、期間が長いCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)や核融合などの分野に投資する予定。
産業区分や時間軸を分散することで、リスクとリターンのバランスを取る狙いで、鮫島ジェネラルパートナーは「スタートアップ投資全体の1割が脱炭素に向かえば、投資環境は大きく変わる。風穴を開けたい」と意気込む。
VCがハードの量産体制の構築を支援する事例も出てきた。Monozukuri Ventures(モノヅクリベンチャーズ、京都市下京区)は、京都試作ネット(京都市下京区)と協力し、投資先の支援に取り組む。京都府内の中小企業が集まる京都試作ネットと組んで量産設計や試作を支援する。またモノヅクリベンチャーズは大手の販売網を使い、スタートアップの製品の販売体制も構築してきた。牧野成将最高経営責任者(CEO)は「スタートアップが躓きやすい量産と販売網の構築を支援することで、投資する上でのリスク要因を減らす」と狙いを語る。
ハードをビジネス展開の軸に据えるディープテック系スタートアップにとって、中小から大手まで製造業の層が厚い日本は魅力的だ。モノヅクリベンチャーズの牧野CEOは「当社のような日本のVCに興味を示す米国のスタートアップは、ハード系が多い。彼らも日本の製造業と組みたいと考えている」と指摘する。
出口戦略にM&A、企業の参画体制必要
勢いを増すVCによるディープテック系スタートアップ投資だが、イグジットには課題もある。現在、日本では多くのスタートアップはイグジットにIPO(新規上場)を選択する。対して、米国では約90%がM&A(合併・買収)を選ぶ。
ディープテック系スタートアップと他の企業との協業を促すという意味でも、イグジットの一つとしてM&Aが浸透することは望ましい。そのためにディープテック系スタートアップの“生態系”に、大学や研究機関に加え、将来の買い手となり得る企業が自然な形で参画できる体制作りが求められる。
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