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稼働近づく高強度軟X線放射光施設「ナノテラス」で量研機構が明らかにしたいこと

生体分子の電子状態を理解

物質の多くの性質は物質内の電子の状態によって決まる。この電子状態を見るには軟X線は最も強力な光である。現在、量子科学技術研究開発機構(QST)は、官民地域パートナーシップの下、仙台市の東北大学構内に高強度軟X線放射光施設「ナノテラス」を建設中である。この施設は2024年4月に運用開始を予定しており、QSTはここに3本の共用軟X線ビームラインを整備中だ。

この施設を利用して生体分子の電子状態を明らかにすることで、生体内での化学反応の起こり方やエネルギー移動の様子が明らかになる。こうした反応メカニズムを理解することが光合成などの生体分子反応を模倣する近道となる。

たんぱく質の分子構造を観測するX線結晶構造解析やX線小角散乱では、波長が1オングストローム(100億分の1メートル)程度のX線を用いることが多い。このX線よりも更に波長が長い(エネルギーが低い)領域の光を軟X線と呼ぶ。

波長が長いと大気中の分子との強い相互作用によって、光源から試料に照射される間、その強度は著しく減少する。そのため軟X線を効率よく利用するためには、真空状態での照射実験が必要となる。近年の真空技術やX線窓材料の開発によって、生体試料を用いた溶液実験、さらには溶液を直接真空内に放出させた状態での軟X線分光実験も可能になっている。

放射光施設ではエネルギーを選別した実験を行うことができる。電子励起エネルギーが元素によって異なることから、軟X線のエネルギーを選択した分光を行うことで、分子中の特定の元素近傍の構造・電子状態を詳細に調べることができる。

例えば、数万個の原子の集合体であるたんぱく質分子の中に、たった一つしか含まれない金属元素の周りの情報をピックアップして観測することも可能である。光合成過程の中で活躍しているたんぱく質複合体にも金属元素が含まれ、その過程の中心的な役割を担うことも多い。

このように複雑な分子の特定元素近傍の電子状態を局所的に探るのには、この放射光軟X線分光が適している。我々は生体分子の電子状態を理解するための新たなツールとなる軟X線分光技術の開発を進め、光合成過程での化学反応の起こり方やエネルギー移動の様子を明らかにすることで、人工光合成などの開発に役立てたいと考えている。(木曜日に掲載)

量子科学技術研究開発機構(QST)量子生命・医学部門 量子生命科学研究所 電子物性生命科学研究チーム チームリーダー 藤井健太郎

放射光を用いたDNAやたんぱく質などの生体高分子の分光実験に従事。最近は東北大学内に建設中のナノテラスの建設チームに参画して軟X線を用いた生命科学研究を実施。博士(理学)。

日刊工業新聞2022年8月25日

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