重水素実験は終了。核融合研の目指す次なる目標
コイルをらせん状にひねって磁場を作り、プラズマを閉じ込めるヘリカル型核融合。自然科学研究機構核融合科学研究所(岐阜県土岐市)は世界最大級の「大型ヘリカル装置(LHD)」を運用する。
「国際熱核融合実験炉(イーター)」で採用されるトカマク型では以前から1億度Cを超えるプラズマを達成済みだった。ただ、LHDが採用するヘリカル型はプラズマの長時間維持は得意だが、高温化を苦手としていた。LHDでは重水素イオンのプラズマ温度を1億度C以上に高めるなど、ヘリカル型の苦手な部分を克服できることを実証し、プラズマ研究で大きな成果を残してきた。
2025年にイーターがファーストプラズマ(運転開始)を予定し、核融合研究は大きな転換点を迎える。同研究所は17年から実施してきた重水素実験を23年度以降行わない方針を明らかにしている。早期の核融合発電の実用化を目指す中、今後の研究方針を吉田善章所長に聞いた。
――今後の研究方針について教えて下さい。
重水素を使った実験では十分な成果を得られた。電子温度・イオン温度がともに1億度Cに達するプラズマの生成に成功した。加えてプラズマの安定維持を阻害する乱流についての発見もあった。
今後はこれまでの成果を生かしながら、より学術的なアプローチから核融合研究に向き合うべきだと考えている。そのためテーマ別の研究を推進していく予定だ。
――核融合において学術的なアプローチが必要な理由は。
核融合はこれまで開発と学術が混在している分野だった。プラズマであったり、核融合反応そのものが未解明な領域で、「装置を作ってみて研究するしかない」状態だったからだ。初期において、それは致し方ない部分はある。そのためLHDのような装置を作り、装置やプラズマの性能を観察してきた。ただ、イーターの運転開始や核融合スタートアップの登場は、環境が変化してきた証拠だ。
開発においては、その現象がなぜ起こるのかが分からなくても「結果オーライ」の側面がある。しかし、機器の汎用化や産業化していく際には問題になる。原理が分からなければ、その都度、個別的に問題へ対応することになる。そうなれば装置や環境が変わった場合に、それまでの知見を生かすことができない。
そのため今後は量子科学技術研究開発機構(量研機構)などの機関が開発研究で直面した課題を、我々が学術の側面から解決していく必要がある。LHDは「パラメーター競争」から離脱し、開発装置として役割を終えたことになる。これは核融合研究におけるパラダイムチェンジだ。
――テーマ別で研究を推進していくとのことですが、特に注力する分野は。
プラズマの乱流とディスラプションだ。
乱流はこれまでプラズマの安定維持を阻害すると考えられていた。しかし、これまでの我々の研究で良い点も見つかっている。プラズマの中心では温度を下げる原因になるが、燃料である重水素と三重水素をうまく反応できるように、混ぜ合わせることが分かっている。
ディスラプションは閉じ込めたプラズマが急速に消滅してしまう現象だ。これはプラズマの長時間運転に支障をきたすものだ。一方でこれまでは炉工学の観点から、各種機器への影響やディスラプションが発生以降のプラズマの挙動の把握に力点が置かれてきた。我々はディスラプションが発生する諸条件やそれを回避するための制御について研究を行っていく考えだ。
また、プラズマなど目に見えない事象を計測し、解析する技術の進展も重要だ。例えばセンサーやレーザーなどの計測器だ。これらの進展でより現象の理解につながる。
――核融合スタートアップが続々と誕生しています。彼らとの連携は。
21年に米国の核融合スタートアップ、TAEテクノロジーズと共同研究を開始する契約を結んだ。同社は軽水素とホウ素を燃料にする核融合炉の開発を目指している。本共同研究では、軽水素とホウ素の核融合反応の結果、生じる高エネルギーのヘリウムの検出を目指す。多くのスタートアップは研究用の大型装置を持っていない。この部分を学術の部分から協力していくことはある。これが開発と学術のすみ分けだ。
――研究成果はどのように生かしていきますか。
核融合研究で培った技術を他の産業に応用していく。そのために技術を一般化し、産学連携を推進していく必要がある。プラズマを計測する技術は、計測器やレーザー加工のような分野に展開できる。技術自体はニッチであるが、ニーズと合致するポイントには、はまるはずだ。
研究成果を一般化していくことは人材・産業育成の観点からも重要だ。量子コンピューターの産業化が良い例だ。量子コンピューターには超電導やソフトウエアの技術など、さまざまな分野の人材が集まり、産業として芽吹こうとしている。同様に広い分野で、核融合に関係する技術を持つ人材や関係者が増えることで、産業化への道が切り開けるはずだ。
またプラズマ研究の成果を宇宙研究に生かせるといった、コラボレーションも学術を進展させていくのに重要なポイントだ。産業界や学術界と連携していくことが、今後の核融合科学研究所の役割になっていく。
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