パワー密度5割増やす。モーターの心臓「ネオジム磁石」研究開発の最前線
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで磁石開発を進める高効率モーター用磁性材料技術研究組合(MagHEM)は既存のネオジム磁石の磁力を超えるネオジム磁石を開発した。高温領域での磁力を約1・6倍に高めた。パワー密度は4割増で損失は4割減の車載モーター実現を目指す。新磁石の部材が完成して新型モーターに組み込み、今冬の最終評価試験に臨む。足元ではパワー密度の5割増がみえた。(小寺貴之)
モーターは家電や自動車、産業機械など、日常生活に広く浸透しており、日本の電力の約6割をモーターが消費すると言われている。そのため「モーターによる電力損失を4割減らせれば、原子力発電所4基分の省エネ効果がある」とダイキン工業テクノロジー・イノベーションセンターの山際昭雄主席技師はそろばんをはじく。
モーターに供給される電力の9割が動力に変わり、1割が鉄損や銅損として捨てられる。これらの損失の4割改善はモーターとしてはたった4%の性能向上にすぎない。だがモーターの導入数は膨大だ。電力損失の軽減は2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現に向けて欠かせない技術だと言える。
このモーターの性能を決めるのが磁石だ。ただ、山際主席技師は「モーターを設計する上で磁石の選択肢が少ない。保磁力などの性能を並べていくと、離れ小島のようになってしまう」と嘆く。このため限られた磁石を組み合わせてモーターを設計している。
さらに磁石埋込型同期(IPM)モーターでは、磁石の保持力と耐熱性を単純に向上させるだけではモーターの性能が下がってしまう領域がある。モーター設計の幅を広げるバランスのいい磁石が必要だ。つまり磁石の性能向上と共に選択肢を広げるシリーズ化が求められというわけだ。 そこでMagHEMでは「芸術品より、使い勝手のいいそこそこの磁石」(トヨタ自動車の加藤晃担当部長)の開発を胸に秘め開発してきた。性能向上面では180度Cで従来のネオジム磁石の約1・6倍の性能に高めた。高価なジスプロシウムを使わないうえ、ネオジムをランタンやセリウムに置き換えて使用量を削減する磁石を開発した。
ネオジムの節約幅は2―8割までレシピを開発。実用上の選択肢を広げた。この磁石は大同特殊鋼で中量試作体制が整い、ダイキンに部材が供給され高効率モーターに組み上げられた。年度末に最終試験を控える。山際主席技師は、「足元のシミュレーションではパワー密度は5割増と目標を超えている。後は実機で結果を出すのみ」と気を引き締める。
希土類は資源供給のリスクがある。だが自動車の電動化や脱炭素で高効率モーターへの置き換えが進むと桁違いの需要が生まれる。米バイデン政権はネオジム磁石を国家安全保障の観点から調査中だ。水面下で脱炭素のキーパーツの争奪戦が進む。MagHEMは希土類や磁石性能の選択肢を広げて、争奪戦をくぐり抜ける地図を作った。脱炭素で起きる嵐を抜けて産業競争力を築けるか試される。