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中川政七商店、押し付けない「良さ」の伝え方に学ぶ

共感が変える消費 #1 中川政七商店
中川政七商店、押し付けない「良さ」の伝え方に学ぶ

「鹿猿狐ビルヂング」での機織りワークショップ

コロナ禍では、家で過ごす時間が増え、暮らしを見直し、家を整えることに興味を持つ人が急増した。暮らしにまつわる日本の工芸品を取り扱う中川政七商店では、2020年から台所用品や掃除道具の売上が伸び、新規の購入者が増えた。同社では店舗やECサイトで商品の製造背景を伝える取組みを積極的に行ってきた。それに加え、21年より「その商品がある暮らしは何がよいのか」まで伝えることを目指し、消費者の共感を広げている。(取材・昆梓紗)

「以前は、誰もが持っているもの、流行のものを持っていれば安心という価値観がありました。でも、近年では自分なりの美意識と意思をもって、どういう商品を選び、どういう暮らしをしていくかが重視されるようになってきました」。同社の千石あや社長は、消費者の変化をこう捉える。
 同社は、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンドリブンの企業で85年より小売りをスタートした。このビジョンをもとに、商品やそれを所有していることへの憧れではなく、共感を軸に据えた。そして、共感を醸成するため、商品の魅力をストーリーとして伝える取組みを積極的に行ってきた。

千石あや社長

この取組みを一段深めたのが、コロナ禍だ。
 緊急事態宣言下で一時全店舗を閉店したことも影響しているが、「暮らしを整えたい」というニーズの増加に伴いECサイトの売上は前年比300%の伸びとなった。コロナ禍で何か暮らしに役立つ発信ができないかと、「おうち時間」にまつわる企画をスタートした。商品紹介にとどまらず、従業員のコロナ禍での暮らし方を広く紹介するコンテンツだ。「このコンテンツを作っていて、こういった『暮らし方』こそが、自分たちが伝えていくべきものなのだと気付きました」(千石社長)。
 こうして、21年1月に新コンセプト「日本の工芸が教えてくれる 暮らしかた、生きかた。」を発表。「日本の工芸は日本の気候風土から生まれたものなので、日本の暮らしにあうものがとても多い。工芸品を通して、暮らし方、さらにはその積み重ねの生き方まで伝えていきたい」と千石社長は意気込む。

商品だけでなく暮らし方を伝えていく

ECサイトでは「暮らし方」を提案できるような商品も増えている。
 例えば、「季節のしつらい便」という年中行事を家族で楽しめるキット。正月や七夕飾りといったもの自体だけでなく、行事を行う意味も学べる冊子もセットになっている。また、21年5月には「旬の手しごと」シリーズをスタートし、梅仕事ができるセットを発売。今後はブルーベリー酒や味噌をつくるキットを販売し、商品とともに体験を提供していく予定だ。

季節のしつらい便 七夕
旬の手しごと ブルーベリー酒
 これらの購入者は従来からのファンだけでなく、新規顧客も多い。継続的な購入に繋がる傾向もある。「新鮮な体験の面白さを伝えたい、良かったと言いたい、というのはごく自然な行動」と千石社長が言うように、購入者がSNSなどで情報発信する様子も見られた。今後は少しずつほかの商品開発でも「体験まで届ける」という思想を浸透させていく。

体験そのものの提供にも積極的に取り組む。21年4月には創業地である奈良に「鹿猿狐ビルヂング」をオープン。中川政七商店 奈良本店やカフェ、コワーキングスペースを備えた複合施設だ。ここでは織物など工芸のワークショップを体験できる。
 コロナ禍を経て、体験の形式が多様化していると話す千石社長。地方の小さな工房でもオンライン化が進み、見学会をインスタライブで行うなどの取り組みを行ってきた。一方、21年6月にはバイヤーや小売店向けの展示会『大日本市』を2年ぶりにリアル開催したところ、過去最大の65社が出展。かつ集客も多かった。「(改めて)リアルの力の強さを感じた。今後はオンラインとリアルを融合していきたい」(千石社長)。

21年6月に開催した大日本市

良いことを押しつけない

「日本の工芸を元気にするために日々取り組んでいるが、それらを伝える時にはすごく注意が必要」と千石社長は表情を引き締める。「自分たちが提言していることが一番良い」というような押しつけや、排他的なイメージに陥る危険性があるという。
 同社では常に、たくさんある選択肢の1つとして商品とその良さを提示し、それを同じように良いと判断してくれた人へと自然と広がることを目指している。「暮らし方」を伝えるにあたっても「こういう暮らしをすべき」という啓もう活動にはしていない。

同様に、「日本の工芸を元気にする!」を標榜していても、「誰かを助ける、社会のためになる」というメッセージを前面には出していない。「最近ではサステナビリティや社会課題解決に繋がるかが、モノ選びの優先順位に入る人が増加していると実感している。ただ、工芸メーカーとしては、商品が継続して売れるということが一番の助けになる。そのためには良い商品をつくり、その良さを伝え、お客様に楽しく買い物をしてもらう必要がある」(千石社長)。
 ただし、社会貢献とのつながりが商品購入後の満足度を向上させていることは確かだ。
例えば、ふきんを作る時に出てしまうはぎれを使ったバスマット。吸水性に優れており、さまざまなはぎれを使っていることでデザインもユニークなため購入を決める顧客が多い。購入した客に店舗スタッフが「実はこれゴミになってしまうはぎれを使っているんですよ」という話をすると、喜んでくれる方も多い。「楽しく良い買い物ができた上に、意図せず社会貢献ができることが、購入の満足度向上につながっているようです」(千石社長)。

ふきんのはぎれで作ったマット
 日本の工芸はもともと限られた資源を使い、ムダのないものづくりや機能美を追求してきた歴史がある。だからこそ今、新たに目を向ける人や生活に取り入れる人が増えている面もあるだろう。同社はこれからも、顧客との共感を積み重ねることで、工芸のある暮らしの輪を広げていく。

昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
今後、中川政七商店では食品系に注力します。「食べ物は風土や風習と結びつきが強く、その産地にいざなうことにもつながる」と千石社長は話していました。実際、「産地のカレー」という焼物の産地の食文化を取り入れたレトルトカレーが好調とのことでした。

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共感が変える消費
共感が変える消費
消費者が商品を選ぶ際の判断基準に「共感」が大きく影響するようになってきた。コロナ禍以降、商品やサービスの品質が良いだけでなく、その背景にある製造プロセスでの環境や関わる人への配慮、業界構造問題に対する提起など、企業姿勢まで見据え共感に値するかを評価する向きが高まっている。

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