世界で進む「石炭火力」削減、日本企業はどうする?
2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に向け、石炭火力発電を減らす動きが世界で進んでいる。主要7カ国首脳会議(G7サミット)で、参加国は温室効果ガス排出対策がなされていない石炭火力への新たな輸出支援を21年末までに止める方針を示した。一方、経済成長を目指すアジア新興国に対し、代替エネルギーへの転換を支援する枠組みづくりも必要になる。(冨井哲雄、編集委員・六笠友和、孝志勇輔、森下晃行、戸村智幸)
政府/インフラ輸出改定 ASEAN事情考慮
13日に閉幕したG7サミットの共同声明では、石炭火力発電が温室効果ガス排出の最大の原因であると指摘。温室効果ガスの排出対策が未実施の石炭火力に対し、政府による新規の直接支援を21年末までに終了することで一致した。共同声明を受けて政府は17日、温暖化対策の国際ルール「パリ協定」の目標達成に向け日本企業によるインフラ輸出の支援戦略を改定。排出対策が未実施の新規石炭火力の政府支援をしないことを示した。
一方、限られた資源の中で新興国は石炭火力に頼らざるを得ない事情がある。エネルギー需要が拡大する東南アジアにとって、石炭火力の支援終了は大きな向かい風だ。同地域のエネルギーミックス(電源の最適組み合わせ)における石炭火力の割合は4割で、40年時点でも割合は変わらないと予想される。
21日に開催した日ASEAN(東南アジア諸国連合)エネルギー大臣特別会合で、梶山弘志経済産業相は「今後、アジアで脱炭素を進めるには、あらゆるエネルギー源や技術を活用したエネルギー転換が不可欠」と発言。その中には日本が高効率の石炭火力に限り輸出を継続する方針も含まれる。
各国の事情を考慮し、再生可能エネルギーや水素、CCUS(二酸化炭素〈CO2〉回収・利用・貯留)といったCO2排出の削減手法を組み合わせ、各国に最適な脱炭素への対応が求められる。一方、小泉進次郎環境相は「石炭火力の輸出継続で日本の信用は失墜する」との見解を示しており、閣僚間に微妙なズレが生じている。
ASEAN各国には100億トンを超えるCO2の貯留可能容量があるという。化石燃料の需要が残る東南アジアでCCUSの役割は大きく、30年には3500万トン、50年に2億トン以上のCO2回収が必要となる見込み。日本はCCUSへの取り組みを通じ、脱炭素への取り組みを支援したい考えだ。
「日本を含むアジアはエネルギーの資源に限りがあり、G7だけですべてを決められない。これから世界的なルール決めをしていく」(経済産業省幹部)。10月にはASEANを含むアジア諸国に米、豪、カナダなどを加えた閣僚級会合、11月には国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれる。国際会合を通じた石炭火力の国際的なルール作りが注目される。
重工/抜本的構造改革 ガスタービンで脱炭素化
石炭火力発電の縮小は重工大手に戦略の転換を迫る。特に影響が大きいのは、火力発電設備を含むエナジー事業が最大の稼ぎ頭である三菱重工業だ。このため同社は、火力関連人員の2割削減など抜本的な構造改革を打ち出した。泉沢清次社長は「石炭火力発電は縮小が見込まれ、脱炭素化を踏まえた体制に移行する」と話す。
逆風の強まっていた石炭火力に対し、各社とも手をこまねいていたわけではない。環境負荷低減の大きい高効率設備で生き残りの青写真を描いていた。ただ、サミットの首脳宣言には「排出削減対策が講じられていない石炭火力」の輸出支援終了が明記された。既存の高効率設備でも不十分との見立てだ。
小泉環境相は削減対策について、CO2の回収・貯留・再利用技術などを挙げる。三菱重工やIHIは同技術に取り組むが、既存設備に比べ導入費用が跳ね上がるのは必至。同設備の一大需要地である東南アジアでは費用対効果を見いだせず、新技術による代替には課題が山積する。
このため各社は、ガスタービンの燃料転換を脱炭素化の切り札に掲げる。三菱重工は燃料に水素やアンモニアを活用。IHIもアンモニアを燃料に使うガスタービンの事業化に向け、米GEガスパワーと日本やアジアで市場調査に乗り出す。石炭火力の縮小を補う収益の柱を構築できるか、正念場を迎える。
銀行/一段引き締め 投融資方針を厳格化
23日に開かれたみずほフィナンシャルグループ(FG)の定時株主総会。経営陣への質問は気候変動問題に集中した。
今週開催の三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三井住友FGの総会でも、同様の質問が相次ぎそうだ。
3メガバンクはいずれも火力発電所への投融資方針を厳格化しており、この春に一斉にもう一段引き締めた。
三井住友FGは石炭火力への投融資を全面的に停止することを決めた。これまでは「原則実施しない」と余地を残していたが、3行の中で最も厳格な方針とした。MUFGは石炭火力の新規案件に加え、新たに既存施設の拡張にも投融資しない方針を打ち出した。
みずほFGの新たな環境方針では、40年度に石炭火力への投融資残高をゼロにすると、以前から10年前倒した。
脱炭素の動きは他の大手行にも広がる。三井住友信託銀行の石炭火力への貸出残高は20年3月末時点で1338億円。これを40年度にはゼロにする計画。りそな銀行は18年11月、災害対応などの場合を除いて石炭火力に新規融資しないと表明。石炭採掘事業については、山頂除去方式は環境に重大な負の影響を与えるため、新規融資はしない方針だ。
総合商社/売却や撤退 非資源へ移行進む
脱炭素の世界的な潮流を受け、総合商社が石炭火力発電所の売却や燃料である一般炭の権益からの撤退を進めている。
三井物産はインドネシアの石炭火力発電所をタイ企業に売却すると発表した。同発電所は保有する石炭火力の発電容量の約半分を占める。既に一般炭の採掘を目的とした権益からは完全撤退した。金属資源やエネルギーが利益の過半を占める同社だが、非資源への移行を加速する。
伊藤忠商事は南米コロンビアの一般炭権益を既に売却済みで、23年度までに一般炭権益から完全に撤退する見通し。40年までに温室効果ガス削減量を排出量より上回らせる目標「オフセットゼロ」への道筋を示す。
一方、やや出遅れたのが住友商事だ。同社は5月、今後新たな石炭火力の開発を行わないと表明したが、インドネシアなどで建設中の案件がある。
現在も豪州に一般炭の炭鉱を保有する。他社に続き事業売却を進めるか注目される。