金融界に脱炭素の風当たり強まる。「金融版SBT」登場
企業の環境評価に影響力を持つ非政府組織(NGO)などが、金融機関の評価基準を策定した。投融資先が意欲的な温室効果ガス排出削減目標を持つと、温暖化対策の国際ルール「パリ協定」に貢献する金融機関として認める。基準の難易度が高く、認定を目指す金融機関が現れるか不透明だが、金融界にも脱炭素の風当たりが強まっている。
世界的なNGOの世界自然保護基金(WWF)やCDPなどが主導する活動「サイエンスベースドターゲッツ(SBT)イニシアティブ」が16日までに金融機関向けの認定基準を公表した。
SBTは企業の排出削減目標を審査し、パリ協定の達成に必要な削減ペースと整合すると認定としている。世界では700社近くが認定済み。日本の98社の目標も「パリ協定に貢献する」として“お墨付き”を獲得している。SBTの認定はESG(環境・社会・企業統治)の「環境」情報として投資家の注目度が高まっている。
「金融版SBT」の対象は銀行や年金基金などのアセットオーナー、運用機関、不動産投資信託(REIT)。企業版に比べると認定基準は複雑だ。金融機関の排出削減目標だけでなく、株式保有や融資する企業やプロジェクトなどの投融資先の目標も基準となる。その投融資先に設定を求める目標は大きく3通り。一つ目の業界別脱炭素アプローチ(SDA)は、投融資先に発電量当たりの二酸化炭素(CO2)排出量の削減を求める。しかも、産業革命前からの地球全体の気温上昇を2度Cよりも十分に下回る水準を要求する。排出量にすると年2・5%以上の削減ペースだ。金融機関は投融資先が水準を満たす目標を策定していると、金融版SBTの認定を受けられる。
二つ目がSBT認定率だ。40年までに投融資先の認定率100%を必達としており、金融機関は5年後の投融資先のSBT認定率の目標を設定すると認定を取得できる。
三つ目が「気温上昇スコア」。国際社会は気温上昇を1・5度C未満に抑えるため世界の排出量を30年に10年比45%削減する必要があると認識している。この考え方を企業の削減目標に当てはめる。金融機関は投融資先の目標を気温上昇幅に変換し、5年後の気温目標を設定すると認定を得られる。SDAは発電や不動産事業を対象とし、他の業界はSBT認定率や気温上昇スコアを選択できる。
金融機関にとって認定基準のクリアは難題だ。まず、投融資先が目標を持っていない場合もある。目標を策定していても水準が低いと、厳しい目標にするように働きかける。そもそも、膨大な投融資先の目標を管理するだけでも労力がかかる。
みずほリサーチ&テクノロジーズ(東京都千代田区)の気仙佳奈コンサルタントは「基準が厳しく、認定が加速度的に増えるとは思えない」と話す。ただ、認定を検討する金融機関が増えると予想されており、投融資を受ける企業にも目標設定の圧力が強まる。企業は高い目標を設定しておくと、認定を目指す金融機関の負担を減らせる。また、排出削減が資金調達につながるので、中小企業も省エネ努力が報われる。
金融機関は製造業に比べると排出量は少ないが、温暖化を助長する事業への資金支援に厳しい目が向けられている。すでに石炭火力発電への投融資をやめる金融機関が増えている。
金融機関には企業を脱炭素へ向かわせる役割も期待されている。目標通りに排出削減を達成すると金利を優遇する「サステナビリティ・リンク・ローン」など、脱炭素への取り組みを後押しする金融商品が登場している。ESG金融に詳しい日本政策投資銀行の竹ケ原啓介執行役員は「企業が脱炭素に移行するプロセスに金融の規律を入れることが重要だ」と指摘する。
政府は国内の排出量を30年度までに13年度比46%削減する目標を表明した。現状の26%減よりも厳しくなる。SBTの認定にかかわらず、企業の脱炭素化を支援する金融機関の役割が重要となる。