2050年のカーボンニュートラル実現に向けたNEDOの本気度
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現に向けた2兆円のグリーンイノベーション基金を託された。目標達成のため産業界はビジネスモデルや戦略を根本的に変えていく必要がある。基金事業では10年間、研究開発から社会実装までを継続支援する。石塚博昭理事長に意気込みを聞いた。
―巨額の開発事業を管理・推進することになりました。「2兆円はあくまでも起爆剤だ。限られたリソースで結果を出し、どこまで産業界を本気にさせられるかが問われる。幸いNEDOが進めてきた研究開発との親和性が高い。イノベーションアクセラレーターの役割果たしていきたい」
―カーボンニュートラルの実現に向け、産業構造を変える必要があります。「いつかはやらないといけないと企業も分かっていた。だから目標が明確だ。例えば水素はサプライチェーンを作る。水素を作り、ためて、運び、活用する。活用に当たる水素還元製鉄では鉄鋼業界から目標値が示されている。従来は石炭の炭素を使って酸化鉄を還元してきた。これを水素に置き換えるために相当ハードルの高いコスト目標値が示されており、今後はどう安く作るかだ。産業界と産学連携でやっていく」
「NEDOは20年に持続可能な社会に向けた『NEDO総合指針』をまとめた。サーキュラーエコノミー(循環型経済)とバイオエコノミー、持続可能なエネルギーを定義し、三つの循環を示して50年の開発目標を掲げている。総合指針で二酸化炭素(CO2)80%削減のポテンシャルとコストを示したが、実質ゼロに向けて残り20%分はさらにイノベーションが必要となる」
―取り組む姿勢も問われています。「2兆円は大きいと言われるが米国は2兆ドル(約218兆円)、欧州連合(EU)は1兆ユーロ(約132兆円)の資金を投じる。これらはカーボンニュートラルだけでなく、コロナ禍で傷んだ経済を立て直す側面もある。やみくもに資金をバラまくことなく、グリーンイノベーションをターゲットに据えている」
―巨額を投じるとしても未来につながる投資にする必要性があったのですね。日本はいかがですか。「日本の経営者は先行きが不透明な将来に備え、450兆円の内部留保を積み立ててきた。これを2兆円の基金を起爆剤として民間投資を呼び込みたい。グリーンイノベーション基金は産学官での社会実装の本気度が試される事業であり、経営者のコミットメントが求められる。プロジェクトが成功すればインセンティブが得られるが、コミットメントが不十分であれば、資金を返してもらうこともあり得る」
―就任した18年からカーボンニュートラルに注力してきました。「私が社会人になったころは石油ショックに揺れていた。そのころから人工光合成の技術開発を思い描いていた。いずれ化石資源がなくなるから空気中のCO2を活用しようというのがその動機だ。第1次石油ショック以来、開発を継続していたら、今ごろ経済合理性を突破する問題点がクリアになっていたのではないかと思う」
「電池や磁石もレアアースを特定の国に依存している。高騰した時代には代替技術を研究したものの、資源価格が下がると社会の熱が冷めてしまった。科学技術は継続して研究開発していくことが大切だ。今回のグリーン投資では経済活性化の結果として地球を救うことになるだろう」
「コロナ禍は経済のデジタル化を進めた。自動車の自動化、電動化の進展も期待され、半導体の使用数は増える。こうしたことを背景に19年度と20年度の補正予算で合計2000億円の基金を創設した。ポスト5G基金は事業単体として機構内で最大規模になる。20年の先端的なロジック半導体の技術世代は線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)。我々は2・1ナノメートルと1・5ナノメートルに必要な技術を開発する。関係者は『わが国半導体関連産業にとって最後のチャンス』と意気込んでいる」
―産学官連携のハブになることも求められています。「20年度の74事業のうち68事業、92%に大学が参加した。大学のシーズと産業界のニーズを結ぶハブ機能を果たしている。起業支援では都心部の大学でスタートアップ支援が広がってきた。課題は地方大学だ。NEDOは信州大学や山形大学、徳島大学など13の大学と相互協力協定を結んで支援している」
「若手研究者発掘支援事業では61件を採択し、企業との共同研究のマッチングを行っている。研究予算は1件につき500万円。共同研究に進むと3000万円が充てられる。資金配分機関同士の連携も進めてきた。科学技術振興機構や農業・食品産業技術総合研究機構など9機関が連携し、支援策を紹介するプラットフォーム『Plus』を構築した」
―人材育成にも注力しています。「NEDOは民間と省庁、研究機関から多様な人材が集まる。出向者はいずれ元の組織に戻るため、プロパー職員が中長期的な柱を作る人材になる。就任4年目でようやくプロパー人材育成のための組織を作った。人材開発室で採用から育成までを考えてもらう」
「プロジェクトマネジメント(PM)の人材育成も急務だ。第一歩として技術領域を統括する職位としてストラテジーアーキテクト(SA)を設けた。深い知見と人脈、マネジメントスキルを備えた領域を代表する第一人者だ。第1号の人材は燃料電池・水素分野に就いた。これを広げていく。PMは技術が分かるだけでなく教養が求められる。開発プロジェクトの要所要所で大きな決断をしなければならないからだ。精神的にタフで、人の心が分かるマネージャーを育てていきたい」
【略歴】いしづか・ひろあき 72年(昭47)東大理卒、同年三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。07年三菱化学(現三菱ケミカル)執行役員、12年社長、15年社長兼三菱ケミカルホールディングス副会長、18年から現職。兵庫県出身、71歳。