中小機械要素メーカーのつくる、忍者のような“車輪” 世界が注目するようになったワケ
幾何学的なデザインの車輪「フジ ニンジャホイール」。縦方向だけでなく、方向転換することなくその場から横方向に移動できる特徴を持ち、物流、製造業、医療・介護など幅広い分野から注目されている。同製品は「2020年度 グッドデザイン・ベスト100」に加え、「グッドフォーカス賞[技術・伝承デザイン] 中小企業庁長官賞」を受賞。BtoB製品を作る中小製造業ながら、グッドデザイン賞に応募した狙いを聞いた。(昆梓紗)
今や!というタイミング
「早くても、遅くても、注目されなかったと思う。『今や!』というドンピシャのタイミングだった」――フジ ニンジャホイールが完成した2020年、人材不足やコロナ禍の影響から時代が「無人化」の流れになっていた。開発した富士製作所の村上吉秀代表取締役社長はその時流を読み、長年温めていたグッドデザイン賞への応募を決めた。
「前職がデザイン関係だったこともあり、デザインと名の付く賞を一生に一度獲ってみたいという思いは個人的にずっと持っていた」という村上社長。グッドデザイン賞は社会的に影響力が高く、世間に広く注目されやすい。受賞している取引先も多く、「Gマーク」を使えれば営業も捗ると考えたのだ。
応募経験はなく、エントリーの仕方も分からなかったというが、そんな中でも工夫したのが動画。動きが特徴的な製品のため、理解してもらうには動画が重要だった。
フジ ニンジャホイールは縦方向だけでなく横方向にも動くユニークな特徴を持つ。45度に配置された小さな車輪の向きが左右対になる2つの車輪の主軸を逆向きに回転させあうことで縦方向の動きを打ち消し、小さな車輪部分の働きによりボルトとナットの関係のように、横方向へ動くようになっている。しかし、「言葉で説明すると伝えるのが難しいので、動画が一番効果的」と村上社長は笑う。
すると、当初目標にしていた受賞だけでなく、ベスト100に選出された。さらに新たに創設された「グッドフォーカス賞[技術・伝承デザイン] 中小企業庁長官賞」を受賞するという快挙を成し遂げた。
そぎ落とし機能を高める
フジ ニンジャホイールそのものの技術のユニークさだけでなく、性能を高めてきた経緯も高く評価され、「グッドフォーカス賞」に繋がった。
フジ ニンジャホイールの前身となる、全方向に動くキャスター用オムニホイールは8年前から開発していた。当時は1つ100キログラムの耐荷重だったが、顧客から、耐荷重を増やし、かつ小型化してほしいという要望があった。そこでフレームを3層にし、なおかつ車輪を2つに分けてずらして配置し、耐久性を高めた。これにより、移動時のガタつきも少なくなった。フジ ニンジャホイールは耐荷重300キログラム、φ150を実現している。「前身から機能を高めたという技術的な部分を高く評価され、この賞をいただけたということで、誇りに感じます」(営業部営業課の中平篤志課長)。
また、軽量化や機能を満たすため余計な部分をそぎ落とし、最終的にニンジャホイールの特徴でもある幾何学的な形となった。機能を追求したことで印象に残るデザインとなったことも評価されたポイントの1つ。開発とデザインを担当した開発設計部の高井昭義部長は、「他の製品でもデザインを強く意識しているわけではないが、必要な機能にフォーカスし、不要な部分をそぎ落としていくという姿勢は変わらない」という。
その際、「付け加えていくことは誰でもできる。いかにそぎ落としながら機能を高めていくかにこだわっている」(村上社長)。
デザインは脳の切り売り
同社は製品そのもののユニークさだけではなく、常に社会の時流を捉え、「新たな文明・文化をつくっていくこと」を目指している。「2008年に社長交代した時、ちょうどリーマンショックでした。何をつくったらいいのかと再考する中で、より一層『世の中を豊かに便利にする製品をつくりたい』という思いが強くなりました」(村上社長)。社内にその意識を浸透させていった流れから、今回のフジ ニンジャホイールが生まれた。
「フジ ニンジャホイールは車輪だけだが、ここからアイデアを膨らませ、生活の中に溶け込んでいくような製品を作っていきたい」と意気込む村上社長。グッドデザイン賞を受賞したことで、コロナ禍による営業自粛がありながらも、それをカバーする以上の問い合わせがあったという。従来は物流関係が主流だったが、自動車、医療、家電など新しい分野からの引き合いが国内外から来ている。一部導入先では試験運用が開始しており、早ければ年内に展開していく。
デザインというとデザイナーだけが行う行為のように思われがちだが、村上社長は「デザインは『脳の切り売り』。知識を増やし、それをデザインとして製品に落とし込み、顧客に届けること」だと常に社内に向け話しているという。グッドデザイン賞の受賞は、社外へのインパクトだけでなく、社内のモチベーション向上にもつながった。
グッドデザイン賞では、大企業の応募が数量的に減少していることもあるが、中小企業の応募は増加傾向にある。中小企業に対しては受賞後のGマーク使用に関する優遇措置を設けるなどのサポートもある。「自分たちが作った製品を信じ、世の中の流れをみてタイミングを大切にしてほしい」(村上社長)。
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