見ているようで実は観ていない-アイトラッキングの落とし穴-(その1)

おすすめ本の抜粋「よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント」

  • 2
  • 4

小売店の棚割(どのような商品をどの陳列棚に置くかを決めること)に関するマーケティング調査などでは、買い物客がどこを見ているのかを把握するためにアイトラッカー(眼球運動測定装置)がよく用いられます。買い物客がよく見る陳列棚の場所がわかれば、そこに売りたい商品を置くことによって売上げを増やせるであろうという考え方に基づいているわけです。しかし、この考えは少々短絡的です。なぜなら私たち人間は何かに眼を向けていても、それが何かを理解していないことがあるからです。

皆さんはお店などで買いたい物を捜しているときに、その品物がすぐ目の前にあるのにもかかわらず、なかなかそれに気付かなかったという経験はないでしょうか? 私は自分の好みのガムがお店のいつもと違う場所に置いてあったりすると、捜しているのになかなか見つからないということがよくあります。結局は、目の前の棚のちょっと横の場所に陳列してあるのを発見し、なぜすぐにわからなかったのか不思議に思います。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか? それには人間の情報処理におけるさまざまな特性が関わっているのですが、最大の要因は「注意」(attention)の問題にあります。人間は外界の情報の多くを視覚系によって受容していますが、その視野に入った対象すべてを即座に認識することができるわけではありません。もし視野に存在するすべての対象を即座に認識することができるのであれば、上記のように陳列棚に置いてあるガムをすぐに見つけられないということは起こらないはずです。ましてや、それよりもはるかに気を付けているはずの運転中に、赤信号を見落として信号無視をしてしまうなどということは起こらないはずです。

実は人間は意識していませんが、その視野にあるたくさんの対象に対して、同時に等しく注意を払うことはできないのです。ここで、単に視野にあるだけに過ぎないことを「見る」と表し、対象に注意を払ってそれを意識することを「観る」と表してみましょう。そうすると、人間が外界の情報を捉えるには、2 つの段階があると考えられます。最初は視野の全体を「見る」という段階で、大まかに全体像を把握します。そして、次の「観る」という段階で、その視野の中にある個々の対象に順次注意を払いながら、その詳細について捉えるのです。

心理学の研究で行われた“change blindness”(変化の見落とし)の実験というのがあります。これはちょうど「間違い探し」のような課題を行う実験です。2 つの画像が交互に呈示されるのですが、その2つには1か所だけ異なるところがあり、その相違点をできるだけ早く見つけることが被験者の課題です(図参照)。この課題を行ってみると、実際に視線がその相違点のある場所にあっても、そこに深く注意をしなければ、その相違に気付かない(見ているようで観ていない)ということが理解できるでしょう。

2つの画像が交互に表示され、その相違点を見つける課題です (左右の図には1か所だけ異なるところがあります。どこでしょう? 答は次回の記事で)

(「よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント」p.30-31より一部抜粋)

書籍紹介

心理学は記憶、学習、思考などを含めた人間の行動全般を科学的に扱います。「どういうデザインが好まれるのか」「何がストレスになるのか」「どうすれば注意を引きやすいのか」といった商品開発時に発生するデザインの課題解決に心理学の手法を用いるのが、デザイン心理学です。形あるものだけでなく、サービスやシステムのような目に見えないものも応用できる対象となります。本書では、科学的な根拠をもとにしたデザインとは何か、どのように導くのかなどについて具体例とともに紹介します。

書名: よくわかるデザイン心理学 人間の行動・心理を考慮した一歩進んだデザインへのヒント
 監修者名: 日比野 治雄
 著者名: BB STONEデザイン心理学研究所
 判型:A5判
 総頁数:156頁
 税込み価格:2,420円

販売サイト

Amazon
 Rakutenブックス
 日刊工業新聞ブックストア

<監修者>

日比野 治雄(ひびの はるお)
 千葉大学大学院工学研究院 教授(日本で唯一のデザイン心理学研究室)
 株式会社BB STONEデザイン心理学研究所(特許第5854411号を基盤とする千葉大学発ベンチャー) 技術顧問

●専門分野
 デザイン心理学、色彩科学、デザインに関する認知科学、エモーショナル・デザイン

著者

株式会社BB STONEデザイン心理学研究所
 科学的なデザイン・コンサルティング手法で特許を取得した千葉大学工学部デザイン心理学研究室発のベンチャー企業。
 人間の行動、言葉で語れない部分を、実験心理学の手法を応用し、紐解いていくという、今までにない科学的なアプローチによるコンサルティングを行っている。心理学的視点を用いることで、従来のアンケートや主観的な評価では得られなかった、消費者の本音、嗜好、意思決定のプロセスを明らかにすることを可能とした。
 デザインの見やすさ、わかりやすさ、印象だけではなく、企業の抱えるさまざまな問題解決も独自の実験手法にて行っている。その顧客の9割以上が一部上場企業であり、金融機関、官公庁、大手メーカーなど多岐にわたる。
「デザイン心理学で顧客の言葉にならない声を紐解き未来を予測 新たなマーケティングを科学する」企業である。
 株式会社BB STONEデザイン心理学研究所の公式ホームページはこちら

目次(一部抜粋)

【第1章】「デザイン心理学」とは
 デザインと心理学の関係/デザイン心理学の目指すこと/デザインと人間/デザイナーはユーザの選択をデザインすべし!?/[開発ストーリー]〈株式会社イプサ〉/人間はなぜカッコいいデザインに惹かれるのか?/デザインの価値

【第2章】デザインへのヒント―人間の特性を知る
 人間の知覚特性-人間は機械ではない-/見ているようで実は観ていない-アイトラッキングの落とし穴-/人間は皆、他人に厳しく、自分に甘い?/物事には限度が…-感覚遮断の恐怖!?-/人間の知覚特性-錯視-

【第3章】シニア向け商品をデザインする
 シニアを対象とした製品・サービスを扱うには…/シニア向けの製品の功罪/身近にあるデザインの事例-家電のリモコン-/[開発ストーリー]〈ダイキン工業株式会社〉/シニアとデザイン

【第4章】ノートをデザインする、文字をデザインする
 身近にあるデザインの事例-ノートの罫線-/勉強がはかどるノートは作れる?/製品の性能を比較するには-ノート罫線の例-/身近にあるデザインの事例-書体とフォント-

【第5章】空間をデザインする
 人間にとって快適なデザイン/照明は天井から?-既成概念の打破-/照明による視覚的ストレス-『21世紀のあかり』プロジェクトへの参画-/人間の知覚特性

【第6章】色とデザイン
 虹の7色の起源はニュートン!?/押してもだめなら引いてみな!?-逆転の発想-/人間は皆同じ?-色覚の個人差-/色の好悪を知ることの難しさ/色を使うとき知っておくべき色の効果

【第7章】科学的根拠が求められる理由
 これからのデザインに必要な条件-科学的根拠-/データとは何か?-データの種類/そのデザインを知らざれば、それを使う人を視よ!?/「人を測る」とは?/[開発ストーリー]〈株式会社電通〉/順位付けの科学-正規化順位法-/短時間呈示法によるデザインの評価

関連する記事はこちら

特集