データ上では回復しているけれど…?フィリピンで増える“潜在的失業者”
雇用創出・対内直接投資カギ
フィリピンでは、新型コロナウイルス感染拡大抑制の観点から、世界的にも非常に厳しい活動制限措置が導入された。そして、それは雇用情勢の悪化につながり、失業率は4月に現行統計で遡(さかのぼ)れる1982年7月以降で最高となる17・7%まで上昇した。もっとも、厳しい活動制限が段階的に緩和された7月には10・0%まで低下した。就業者は1月から4月の間に878万人減少したが、4月から7月までに754万人増加し、85・9%の人が職を取り戻した形である。
しかし、失業率の低下が示すほどは雇用環境が改善しているとは評価できない。まず、産業別に就業者数をみると、農林水産業では7月に前年同期比11・7%増と、4月の同7・1%減から大きく改善した一方、製造業(7月の前年同期比8・9%減)やサービス業(同8・4%減)では前年割れが続いた。
次に、雇用形態別では、「無給の家族労働者」が前年同期比20・9%増と急増している。さらに、地域別では、1月から4月にかけて87万人が失業したマニラ首都圏では、7月の就業者数は前年割れが続く。これに対して、バンサモロ自治地域や西ミンダナオ地域、西ビサヤ地域などでは7月の就業者数が前年同期を上回る水準に回復している。
これらの事実を踏まえれば、フィリピンでは、潜在的な失業者が増加していると見るべきである。すなわち、厳しい活動制限により、マニラ首都圏など都市部で失業した労働者が活動制限の段階的緩和後も元の職業に戻れなかったため、故郷に帰って、糊口(ここう)をしのぐため家業の農業を手伝うというケースが多く発生していると考えられる。
かつて、フィリピンでは、高失業率が続いていたことが治安悪化の一因となっていた。治安の悪さは外国企業の進出を阻み、雇用環境の改善を遠ざけ、失業問題が解消されないという悪循環が続いた。こうした潜在的な失業者が放置され続ければ、再び治安が悪化するという可能性も排除できない。そうなれば、フィリピンは、コロナ後に予想されるアジアのサプライチェーン再構築において一翼を担うという成長のチャンスをみすみす取り逃がすことになる。
今後は、ドゥテルテ政権が感染拡大抑制への対応だけではなく、以下の2点について実行力を示せるかどうかが、フィリピンの成長を見通す上での重要なポイントとなるだろう。第一は、大統領肝いりのインフラ整備プロジェクト「Build―Build―Build」の執行を加速することで雇用機会を創出し、潜在的な失業者を減らしていけるかどうかである。第二は、治安悪化の回避やインフラ整備の進展などによるビジネス環境整備を、実際の対内直接投資の増加につなげることができるかどうかである。
◇日本総合研究所調査部マクロ経済研究センター副主任研究員 塚田雄太