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開業ではなく“起業する医師"が急増中、背景に医療現場への危機感

企業経営に参画する医師が近年増えている。医師の起業といえば以前は開業医を指すことが多かったが、2000年代からコンサルティングやITサービスの開発などの分野で会社を設立する医師が徐々に現れてきた。ビジネスを通じて医療現場の効率化や医療従事者の負担軽減といった課題解決を目指す3人の“医師起業家”に、経営の理念や事業内容、今後の展望を聞いた。(森下晃行)

メディ社長・山田裕揮氏 専門医の地域偏在を解決

「起業は手段。地域医療の問題を解決する方法としてビジネスを始めた」とメディ(東京都渋谷区)社長の山田裕揮医師は振り返る。同社は難病や希少疾患を専門とする医師(専門医)を医師間で紹介するコンサルティングサービスを手がける。2月に設立したばかりのスタートアップだ。

山田医師は「開業医を選べば高収入を得られたかもしれない」と断った上で、あえて起業を選択した理由を「地域間の医師の偏在問題を解決したかった」と話す。厚生労働省によれば、18年の全国の医師の総数は約32万人。82年以降、国内の医師の数は一貫して増え続けているが、地域によって受けられる医療の質は大きく偏っている。専門医が都市部に集中しており、地方の患者が十分な治療を受けられないという医療格差がある。

起業のきっかけは自身の経験だ。山田医師は現在も自己免疫難病を抱える。免疫物質が自分の細胞や臓器を攻撃する自己免疫性疾患の一種で、関節などの炎症のほか一日数十回の下痢の症状がある。14歳のころに発症し、何度も入退院を繰り返した。体調悪化に苦しめられたが、専門医が身近におらず長い間原因がつきとめられなかった。初めて診断がついたのは23歳のときだった。

「もっと早く診断がついていれば、こんなに苦しまなくてよかったのでは」という思いが「社会の不条理を何とかしたいという意識に変わった」(山田医師)。

自己免疫性疾患の一つである関節リウマチの患者は国内に約100万人いるが、専門とする内科医は1000人程度しかいない。しかも多くが東京や大阪といった都市部に偏っている。

そこで、ITシステムを活用して地方の医師に都市部の専門医を紹介し、診断の助言を提供するコンサルティングサービス「E―コンサル」を始めた。

現在は300人以上の専門医を同社データベースに登録する。医師と医師を結びつけるサービスだが、ビデオ通話システムを利用して患者がかかりつけ医と一緒にセカンドオピニオンを受けることも可能だ。目標は「患者の立場に寄り添える医師を紹介すること」(同)。医学的な根拠を明示しつつ、病歴やこれまでの経験、家族との関係などを考慮し一人ひとりにあった医療を提供したいと山田医師は意気込む。

メディ社長・山田裕揮氏

メドレー代表取締役・豊田剛一郎氏 時間や場所の制約なくす

より直接的に患者を支援する医療サービスを提供し、課題解決を目指す医師もいる。「船に乗ったままでは何もできないから外に出て変えようと思った」と語るのはメドレーの豊田剛一郎代表取締役医師だ。増え続ける社会保障費や働き手の不足など医療現場の課題を見てきた。「現場で働く医師は皆、日本の医療界が沈みかかった豪華客船だとわかっている」と豊田医師は指摘する。

脳神経外科医として勤務した後、「医療界を外から見てみたい」と考え米マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。製薬企業などのコンサルティングに従事した。15年にメドレーに参画したが「コンサルファームで培った逆算的な思考法や話し方、質問への答え方は今も役立っている」と振り返る。

豊田医師も日本の医療現場に対する危機感がキャリア選択の背景にあったという。「とにかく現場は忙しい。慢性的に人手が足りないため、医療従事者の自己犠牲で成り立っている」と話す。少子高齢化で医師や看護師は今後も減り、逆に患者は増え続ける。医療の効率化が急務だ。

医療制度を改革できるといった点から、厚生労働省で働く医系技官としてのキャリアも考えたが「人と同じことをやりたくないという気持ちが勝り」(豊田医師)ベンチャーを選んだ。

メドレーではオンライン診療システム「クリニクス」や医師の監修した医療情報をウェブで発信する「医療事典」事業などを手がける。

オンライン診療は患者がスマートフォンなどのビデオ通話機能を通じて診察を受けられる。二次感染の予防に役立つほか、時間や場所の制約を受けず診察できるため医療の効率化に役立つ。

医療事典では、正確な医療情報を社会に発信する。患者と医師の情報格差を減らし、病気の理解を深めたり、別の治療法を選択したりしやすくなる。収益への貢献は低い事業だが「こういうものがあるべきだという理念で始めているから、やめるという選択肢が出たことは一度もない」(同)。今後はオンラインの服薬指導や歯科向けのオンライン診療サービスの提供を目指す。

メドレー代表取締役・豊田剛一郎氏

エムネス取締役副会長・北村直幸氏 経験者が検査画像読影

ビジネス志向の医師が増えていることを歓迎しつつ、警告を発するのはエムネス(広島市南区)取締役副会長の北村直幸医師だ。「患者のためを常に考え、取り組むのが医師の本分。医療を金もうけの手段として捉える医師が増えないといいが」と危惧する。

北村医師はこれまで、コンピューター断層撮影装置(CT)などの検査画像から病変を見つける「読影医」として多くの患者を診てきた。あるとき、膵臓(すいぞう)がんの女性患者を診察した。他の医師ががんの兆候を見落とし、北村医師が診断した際はすでに手遅れだった患者だった。この経験から、画像診断や読影を正確かつ効率的に提供する仕組みが必要と考えた。

00年の設立当初は起業する医師がほとんどおらず「本当に大丈夫か」と周囲から心配されたと北村医師は振り返る。それでも「課題の多い医療現場を変えたかった」(北村医師)と説明する。

起業後、読影のコンサルティングや検査画像を見る「ビューワー」という専用システムの開発などを手がけてきた。現在は全国の医療機関から検査画像を受け取り、専門医が読影するクラウドベースの遠隔画像診断サービス「ルックレック」を提供する。

読影医の負担は大きく「一日中検査画像と向き合う毎日」(同)という。画像診断を効率化するために、人工知能(AI)で病変を検出し、医師を補助する技術も開発中だ。

北村医師は起業志向の若手医師に「臨床は絶対続けた方がいい」と説く。医療現場の経験が浅ければ、起業しても患者のためになるものを作れないというのが持論だ。「私自身、起業から今に至るまで約20年かかったのには理由がある」(同)と経験から語る。

エムネス取締役副会長・北村直幸氏 

医師発企業増加に危ぶむ声 経営の知識・経験不足/最先端医療と距離

なぜ近年、医師起業家が増えてきたのだろうか。ヘルスケア領域へ積極的に投資し、医師向けの起業支援ファンドを運用するビヨンドネクストベンチャーズ(東京都中央区)の伊藤毅社長は「医師とはこうあるべき、といった従来のロールモデルが崩壊しているのでは」と分析する。

専門職のキャリアパスが多様化し、医師も臨床や研究、教育以外のキャリアを選べるようになった。社会に対してより大きな影響を与えられるという点で起業を選択する医師が増えたという。

医師は専門的な知識や人脈があるため、周囲からの信用が得られやすく事業に挑戦しやすい。一方「社会に貢献したいという純粋な人も多い」(伊藤社長)ため、理念が先行し収益を確保できない、経営に関する知識や経験が足りず経営がうまくいかないといった課題がある。

経営がわからない医師は外部からビジネス経験のある専門家を招き、取締役に据えるなどの役割分担が必要だろうと伊藤社長は説明する。また、ビジネスに専念するため医療現場を離れると知識や経験を刷新しにくくなるため、同社では週に半日程度の臨床を勧めている。

医師起業家は00年代から増え続けている。20年9月時点で、医師が経営する企業は20社以上。オンライン診療システムや医師向けコミュニティーサイトといったヘルスケア領域のITシステム、ウェブサービスを開発する企業が多い。医療界ではICT(情報通信技術)の活用が遅れており、診察や治療の補助、効率化などの面からビジネスチャンスになる。

医師起業家の認知度は医療界でも高まりつつあるという。ビジネス志向の医学生が増え、慶応義塾大学医学部などの大学発ベンチャーが起業を後押しする動きも出てきた。今後も医師が起業する流れは止まりそうにない。

日刊工業新聞2020年9月22日

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