もう一つの「麒麟がくる!」 復調キリンビール、ぶれずに高みを目指す
キリンビールがブランド戦略を大きく転換している。マーケティングなどの投資を主要ブランドに集約。その戦略が実り、発売30周年を迎えたビール「一番搾り」は家庭用の缶商品を中心に復調に転じ、第三のビール「本麒麟」はコロナ禍でも販売を伸ばしている。10月の酒税法改正を前に、市場の変革が予想される中、次なる一手としてクラフトビールにも注力。キリンの取り組みを追った。
「一番搾り」「本麒麟」…主力ブランドで集中
「一番搾りはリニューアルで結果が出ている」-。キリンビールの布施孝之社長はこう評価する。ビール市場が縮小する中、業務用を含めた販売数量は94年をピークに減少傾向にあり、19年まで5年連続の前年比マイナス。一方、缶商品も販売数量は増減を繰り返していたが、17年の刷新を境に19年まで3年連続で前年を超えている。
一番搾りは一番搾り麦汁だけで作る「一番搾り製法」がブランドコンセプト。90年の発売当時、ビール市場で競合するアサヒビールの「スーパードライ」が「キレ」を売りにヒットしていたこともあり、「純粋にビールのおいしさを追求した結果、一番搾り麦汁だけで作る、というところにたどり着いた」(鈴木郁真マーケティング部主査)という。
発売以来、改良を重ねてきた。17年には、延べ100人の研究員が1000回試醸。「それまでは香りなどを加えるものだったが、17年は削れるものを削りながら、本質を残す」(同)リニューアルを実施した。
消費者の嗜好(しこう)の多様化などで市場の縮小が続くビールだが、10月の酒税法改正ではビールの課税価格が下がり、追い風になる。30年続く主力ブランドにとって、「ビールに注目が集まる最大のチャンス」(同)と、さまざまな販促を仕掛ける方針だ。
「家庭に強い」
キリンは15年に現在の布施社長がトップに就任し、ブランド戦略が大きく変わった。それまで期間限定商品などの新商品に頼り、一時的に売り上げを伸ばすものの継続せず、その後に反動で売り上げを落とすという悪循環を繰り返していた。
その反省に立ち、一番搾りと第三のビール「本麒麟」、発泡酒「淡麗グリーンラベル」、缶チューハイ「氷結」「氷結ストロング」「キリン・ザ・ストロング」、「クラフトビール」の7ブランドに投資を集約。一番搾りは分散していたマーケティング投資をブランド本体に集中し、数量を伸ばした。布施社長は「ビール業界の同質化を抜け出すためには、強いブランドを作ることが、持続的な成長につながる」と説明する。
キリンが強いブランド作りを目指す中で徹底しているのが「お客さま機軸」だ。布施社長は「社内に模擬店舗を作って、購買行動を調査するなど、お客さまの評価を徹底的に追求している」と話す。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)ジャパン出身の山形光晴氏を常務執行役員マーケティング部長に据え、商品開発に落とし込んでいった。
こうした中から生まれたのが本麒麟だ。18年3月に発売。2年経過した現在も、1―6月期の販売数量が前年同期比39%増、7月も前年同月比40%増と、コロナ禍でも売り上げを伸ばし続けている。
ビール業界に詳しいジャーナリストの永井隆氏は「キリンは元々、家庭用に強い。強いところを強めるというブランド戦略がうまくいっている」と話す。
「クラフト」強化の狙い
縮小が続くビール市場において、キリンが切り札として力を入れるのが、クラフトビールだ。布施社長は「クラフトビールは単価が高い」と、量だけではない別の視点からも、期待をかけている。
専用のディスペンサーで4種のクラフトビールを提供する「タップ・マルシェ」を開発し、飲食店などに展開する取り組みを18年4月に開始。飲食店にとっては容易にクラフトビールを導入でき、メニューを拡充できるメリットがある。
7月から導入したのが、プロ野球の西武ライオンズだ。本拠地のメットライフドーム(埼玉県所沢市)にタップ・マルシェでクラフトビールを販売する店舗「クラフトビアーズ・オブ・トレインパーク」をオープンした。
現在、新型コロナウイルスの感染予防の観点から観客5000人の上限があるものの、「最も長い列ができている店舗。アルコール販売が終了する6回裏まで、行列が途切れない状況が続いている」(服部友一広報部リーダー)と売れ行きは上々だ。服部リーダーは「野球以外のコンテンツの充実を図る中で、ビールについても来場者の体験値を高める手段としてクラフトビールを選んだ」と狙いを明かす。
布施社長は「クラフトビールはビールの個性や楽しさを知ってもらえる商品」と話す。キリンがクラフトビールで目指すのは導入店舗とのウィンウィンの関係。売り上げ拡大に貢献できる商品として、今後さらに投資を強化する。
布施社長インタビュー「最初から協力的だったのは少数」
「お客さま機軸」を掲げ、「一番搾り」など既存ブランドの強化を進めるキリンビールの布施孝之社長に、今後のブランド戦略を聞いた。
―ブランドを絞り込み投資する戦略を推し進める背景は。
「新商品は一時の数字稼ぎにしかならないにもかかわらず、それを繰り返してきた。競争優位の源泉はブランドの育成にある。ビール会社の同質化が進む中で、そこから抜け出すには新商品に頼らず、お客さま機軸で既存ブランドを強くすることが成長につながる」
―改革の成果が見え始めたのはいつごろですか。
「新商品が出ないのはビール会社の社員にとっては苦しいこと。しかも、お客さま機軸というのは当たり前のことで、改めて社内に浸透させるのは難儀だった。最初から協力的だったのは少数だったが、本麒麟のヒットや一番搾りのリニューアルで結果が出てくると、様子を見ていた中間層が改革に寄ってきた。社内で徐々に確信に変わり、組織能力が上がった」
―本麒麟のヒットの要因は。
「お客さまの理解を徹底的に追求した。調査の結果、消費者の6割は本当はビールが飲みたいが、価格面で新ジャンル(第三のビール)を選んでいた。そこで、新ジャンルでも本格感がある商品が求められていると理解し、本麒麟を開発した」
―他のブランドのマーケティングにも、お客さま機軸が生かされているのでしょうか。
「ここ2年の投資戦略が節約志向や健康志向、こだわりなどの消費者の変化に適合している。節約志向では新ジャンルの本麒麟、健康志向では淡麗グリーンラベルなどの機能性商品、こだわりはクラフトビール。10月の酒税法改正で、カテゴリーによる価格差が縮まると、多くのブランドが淘汰(とうた)され、10年先も生き抜く強いブランドを作れるかがカギになる。お客さま機軸を深め、ぶれずに高みを目指していく」