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新常態で求められるビジネスモデル、NEDOがまとめたイノベーション像とは?

新常態で求められるビジネスモデル、NEDOがまとめたイノベーション像とは?

スタートアップとの協業のイメージ(WeWork提供)

新型コロナウイルス感染拡大で企業にイノベーションの加速が求められている。観光や外食など接客サービスを中心に施設収入が激減、ビジネスモデルの再構築に迫られている。経営が行き詰まる前に“ウィズコロナ”に合ったサービスモデルを開発してニューノーマル(新常態)への対応が必要だ。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)はコロナ禍に求められるイノベーション像をまとめた。革新の実行を加速できるか。(小寺貴之)

識者が変化予測 サプライチェーン、柔軟・強靭化

「民間の識者や学識者、関係府省庁と調整しながら分析をまとめた。社会実装を見据えたリポートになった」と、NEDO技術戦略研究センター(TSC)の岸本喜久雄センター長は説明する。

TSCは特別チームを編成し、国内外120人の識者による社会変化予測を収集した。リポートにはコロナ禍で起きた価値観の変容と社会像の変化、産業や働き方への影響をまとめている。

例えばコロナ禍では人々がグローバル経済や医療の脆弱(ぜいじゃく)性を認識した。サスティナビリティー(持続可能性)の意識が高まり、社会は集中型から分散型へ、産業やサプライチェーン(供給網)はより柔軟でレジリエント(強靱(きょうじん))なものへ再構築されていく。

この過程で必要となる技術課題やビジネスモデルの変革をリポートで網羅した。教育・スポーツではオンライン化や仮想現実(VR)体験、医療・介護では遠隔で質の高いサービスを実現するセンサーやリモート技術、製造業では設計製造の効率化や工場シェアリングなどによるサプライチェーンの強靱化を挙げている。

コロナ禍ではコンサルティング会社も多くのリポートをまとめている。特にIT系コンサルを中心に、デジタル変革(DX)を強く推奨。コロナ禍の初期はビデオ会議システムやサイバーセキュリティー対策など、オンラインツールの導入を促した。先行企業から既存のツール導入が進むと、コロナ禍でのビジネスモデルの修正や、より大規模なDX立案を提案している。

中長期ビジョン 電力消費、スマート化推進

TSCのリポートの特徴は、エネルギーや物質循環も含めた中長期的なビジョンを示した点にある。すぐに実行可能なデジタル対応に加えて、3―10年かけて推進するテーマも整理した。例えばサプライチェーン全体でのDX対応は、コロナ禍の2―3年で推進することを挙げている。紋川亮主任研究員は「余剰設備の省人化・デジタル化は、減産が予想されるいまがチャンスだ」と指摘する。

プラスチックや古紙などをリサイクルする静脈産業もコロナ禍の影響を受けた。外国人労働者に頼っていた事業所は労働集約型から脱皮して、自動分別システムなどの導入が求められる。土肥英幸環境・化学ユニット長は「欧州ではリサイクルメジャーが自動化や技術投資を進めてきた。コロナ禍で日本社会の弱い部分が顕在化した」と説明する。これは約5年をかけて実現される見込みだ。

欧米ではコロナ禍の景気刺激策を、環境問題への投資に結び付ける施策が検討されている。ドイツではエネルギー移行の投資を兼ねる事例にはインセンティブ(奨励策)を高め、米国では経済刺激策として「グリーンニューディール」が掲げられている。

TSCでは10年プロジェクトとしてデジタル技術を使ったエネルギー消費のスマート化を挙げる。矢部彰フェローは「在宅勤務が広がり、電力も都心のオフィスでの集中消費から在宅での分散消費に変わった。夏場や冬場の電力消費パターンが変わり、うまく対応しないと停電リスクもある」と指摘する。

こうしたイノベーション像は、新常態を目指す中小ベンチャーの道しるべになる。民間はNEDOのビジョンをそのまま自社に当てはめるのではなく、ニーズがあれば取り入れれば良い。国もすべての課題に投資できるわけではない。

コロナ禍は数年続くと予想され、新常態に向けた技術や事業の開発支援予算が実質的な“息継ぎ予算”にもなる。企業も補助金や融資を何度も受けられないため、ウィズコロナで何に挑戦し、アフターコロナでどう投資回収するのか計画を示すことも必要だ。

経営者が描く新常態のビジョンを審査できる人材が少ない点も課題だ。地域の金融機関や企業支援機関の担当者が各業界のアフターコロナ像を描くのは簡単ではない。だが、すでに多くの中小零細企業がスタートアップと同様に厳しい競争環境下に置かれた。コロナ禍を越えて新常態を作る動きを支えられるか、真価が問われている。

インタビュー/新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長・石塚博昭氏 即効性ある施策で支援

石塚博昭氏

─すでに多くの企業が傷んでいます。従来型の技術革新で間に合いますか。

「即効性のある施策として『戦略的省エネルギー技術革新プログラム』の緊急公募を始めた。中小ベンチャー事業者に向けた支援になる。そしてスタートアップと大企業などの共創の機会を広げていきたい。小回りの利くスタートアップとの共創は変化を乗り越えるために重要だ。アフターコロナ社会に合致したイノベーションを創出できる共創プラットフォームがあれば良いと思う」

─元民間経営者として、コロナ禍だけは赤字を拡大させてでも先行投資を増やせないものですか。

「コロナ禍を受けて腹の据わった経営者もいるはずだ。ただ、多くの経営者はステークホルダー(利害関係者)が怖い。業績を良く見せるためには、人件費や研究開発費を抑えることだ。短期的には業績が改善する。コロナ禍で傷んだ企業は少なくない。だからこそ当機構の役割が増している。NEDOは研究資金配分機関と紹介されるが、本来はイノベーションアクセラレーターだ。イノベーションを加速させるために資金を配分している。今回のリポートは、政府や産業界、学術界とともに未来社会を作る議論のたたき台になる」

【追記】
 ウィズコロナは何をやるか、その投資をどう回収するか、事業構想がないとお金が借りられません。息継ぎ補助金や融資は何度も期待できないので、新事業開発の資金が実質的な息継ぎ予算になります。これは全国の中小零細企業が一斉にスタートアップになったかのようです。企業の寿命が尽きる前にウィズコロナにあったサービスモデルを開発する。テクノロジーやコンテンツ、人材、あらゆるリソースを導入してニューノーマル(新常態)を作り出す。これを外食や宿泊、観光業などの、テクノロジーに疎かった分野の人たちがやらないといけません。こうした分野は、これまで働く人に景気の波を押しつけてきた企業が多いです。でも事業者が限界なら、そこで働く人だって限界です。人間にリスクを転嫁するのは限界があります。ではニューノーマル(新常態)とは何なのか。NEDO-TSCのレポートは言葉が足りない部分もありますが、経産省周辺の関係各所と調整した総体として広範な分野のイノベーション像を並べました。

小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
このレポートで金を借りろ、とまでは言えませんが、これなら信金や地域の産業支援機関の担当者も安心して、顧客企業と一緒に新常態を考えられると思います。民間はNEDOのペースに合わせる必要はありません。ニーズがあれば、先にかすめとればいいです。国もすべての課題に投資できる訳ではありません。再生可能エネルギーの普及では、NEDOの太陽光パネルの発電量予測式が、地域金融機関での 立地や事業性評価に使われました。副次的ですが、国の技術開発成果やロードマップが、民間の融資を左右する例は少なくありません。このレポートは投資する側と受ける側、コロナ禍を越えて新常態を作る者を支えられるか注目されます。

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