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ロスジェネ救う切り札か…大阪発「住宅つき就職支援」の光明

連載・住まいが変わる#08
ロスジェネ救う切り札か…大阪発「住宅つき就職支援」の光明

共用スペースでは参加者同士が交流する(ハローライフ)

 大阪府四條畷市に全国の自治体関係者が注目する団地がある。築49年の府営団地「清滝団地」だ。全690戸に上るその巨大団地では空き家を活用して若者の就職を支援するプロジェクト「MODEL HOUSE(モデルハウス)」が2017―18年度に試行され、8人の就職に加えて高齢化が進む団地に若者を呼び込み、活性化する効果を上げた。「住宅つき就職支援」という仕組みが、自治体が悩む若者の就職促進と空き家という二つの課題の解消につながる可能性を示した。

 大阪府や日本財団と連携して運営したNPO法人のHELLOlife(ハローライフ、大阪市西区)はこの仕組みを全国に波及させることを見据え、人手不足に悩む地元の中小企業を巻き込み汎用性を高めたスキームとして新たな挑戦を始めた。雇用情勢を巡っては平成不況のあおりを受けた「就職氷河期世代(ロスジェネ)」の今なお厳しい雇用環境が社会問題化している。就職支援だけでなく住宅や地域との交流を含めた環境ごと支援するモデルハウスのスキームはロスジェネ救済のヒントになるかもしれない。(取材・葭本隆太)

「これからもやっていけそう」


 「仕事はとても楽しいです」。内藤裕太さん(仮名、20歳)はそう笑みを浮かべた。モデルハウスに参加して8月に始めた清滝団地と勤め先を往復する新生活は決して楽ではないが、充実している。団地の共用スペースで毎日のように雑談を交わす5人の仲間たちの存在も心強いという。

 内藤さんは大学で医学療法などを学んでいたが、学習意欲を失い3年に進級する前に退学した。その後はフリーターをしていたものの、大学に通ったり就職したりする友人たちの姿に焦りを募らせた。そんな時にテレビ番組でモデルハウスの存在を知り、応募を決めた。「働く場所をしっかり見つけなきゃと焦っていましたし、自立するために1人暮らしもと考えていたのでこれだと思いました。親も『ええやん』と言ってくれました」。

 初夏にモデルハウスの就職支援で紹介を受け、就職した。「仕事初日はとても緊張しました」と言いながらもすでに慣れた様子で「これからもやっていけそうです」と前を向く。

「ライフワーク支援」が必要


 モデルハウスの新事業では離職・転職を繰り返すといった就業状況が不安定な若者(18歳―おおむね39歳)を対象に住宅つきで就職を後押しする。申込者は企業の合同説明会に参加し、関心を持った企業と面接して採用が決まると清滝団地の住戸に月2万5000円(家賃や共益費など含む)で暮らす。住戸にはDIYでリノベーションした上で入居し、他のプロジェクト参加者との合同研修や定期面談などを受ける。団地に設けられた共用スペースでは申込者同士や団地の住民などと交流し、月一回の清掃など自治会活動にも参加する。割安な住宅に確かな足場を持ちながら、地域とも交流して自立心や自己肯定感を養成していく。

清滝団地に設けられた共用スペース

 「なかなか働けない若者でもしっかりとした訓練の機会などを提供することで就職はできます。ただ、本人が十分に努力しても年収が低いなど労働環境がよくないため将来への希望が持ちにくい。それでも働き続けられたり結婚への望みを持ったりできる『ライフワーク』の支援が必要だと思っていました」。ハローライフの塩山諒代表理事はモデルハウスを構想し始めた2012年ころをそう振り返る。

 同法人は11年ころから大阪府の委託を受けて若者の就職を支援していた。ニートや引きこもり状態にある若者の就業モデルを検討する「大阪ニート100人会議」などを運営してきた。ただ、そうした支援により就職し、働き続ける若者たちからは「仕事終わりにビールを飲むのが幸せ。それ以上は考えられない」や「もうこれ以上頑張れない」という声が聞かれていた。

 そこで塩山代表理事は仮に年収が低くても生活の水準を上げたり、仕事以外でも成長を実感したりできる環境の提供が必要だと考えた。空き家が社会問題化していたため、それを使って家賃無償で住宅を提供しながら就職や定着を後押ししようと構想し、府営団地約12万8000戸のうち、空き家となり活用されていない住戸の提供を大阪府に要請した。

ハローライフの塩山諒代表理事

 しかし、大阪府の協力を得るのには時間がかかった。府営団地の入居には一定の条件があり、単身の若者は想定されていない中で、前例のない利用になる事業は順調に進まなかった。また、団地の空き家は老朽化でしており、一定の改修が必要だが、その予算も捻出されなかった。それでも粘り強く交渉を続けた。日本財団に提案し、事業に関わる予算すべてを同財団が負担する協力を得て、ようやく大阪府営「清滝団地」の空き家11戸の提供が認められた。構想から3年をかけての実現だった。

評価は高いが持続性が乏しい


 17―18年度のモデルハウスは非正規雇用を繰り返している状態や無職の若者など12人が参加した。家賃無償の住戸に自らリノベーションして入居し、参加者同士や団地の住民と交流しながら仕事探しの支援を受けた。その結果、8人が就職した。「(参加者は)『一国一城の主』になり地域ともふれ合う中で自分を肯定し、自信をつけられたのではないでしょうか」(塩山代表理事)。

 思わぬ成果もあった。団地の住民から「高齢化が進む団地の自治会活動を若者が手伝ってくれて助かった」と評価された。公益社団法人都市住宅学会からは空き家対策と若者の就職支援を結びつけた独創的な取り組みとして「2019年都市住宅学会長賞」を受けた。そうした中で、若者の就職支援や空き家対策などに悩む全国の自治体関係者の視察も相次いだ。

 こうした反響も踏まえ、塩山代表理事はモデルハウスの仕組みを全国に広げようと考えた。だが、モデルハウスは重要な課題を抱えていた。事業費を日本財団の助成に依存しているため、汎用性や持続性が乏しい点だ。これではたとえ他の自治体が関心を持っても取り組むことは難しい。

 そこで持続可能なモデルを構築するために白羽の矢を立てたのが、人手不足に悩む中小企業だ。モデルハウスに参画する中小企業に人材の獲得費用として月2万5000円の負担を求め、入居者にも最低限の家賃などとして月2万5000円を負担してもらう新たなスキームを構築した。このスキームで始まった19年度事業には大阪府から空き家30戸が提供され、中小企業約10社が参加した。それらの企業と面談して採用が決まった6人が清滝団地で新生活を始めた。25日には第2期の合同企業説明会を行う予定だ。

モデルハウス19年度事業のスキーム図    

求人票は変えられない


 政府の雇用政策を巡っては就職氷河期世代の救済が注目を集めている。塩山代表理事はモデルハウスの仕組みはその受け皿になり得ると考えている。「氷河期世代が手にできる求人票は非常に厳しく、本人たちも受け止めきれない状況が現実としてあります。求人票を変えるアプローチはもちろん必要ですが、なかなか変わりません。だとすれば厳しい労働環境でも『住宅』を含めて希望が持てる環境を示さないといけない。モデルハウスはその一つになる可能性があると思います」

 その可能性を確かなものにするためにも、まずは全国でモデルハウスに取り組める体制作りが欠かせない。「空き家は全国にありますし、自治体もやる気を持っています。今年度の事業で助成金がなくても自走できる仕組みを実証し、対外的に示したいです。その上で全国どの地域でも自治体や地元企業、NPO法人などが読めば取り組める『取扱説明書』を作りたいと考えています」。

関連記事:ロスジェネの苦境に救済策はあるか(連載:ロスジェネ世代論)

●住宅つき就職支援プロジェクト「モデルハウス」の最新情報はこちら(合同企業説明会10月25日に開催予定)
                  

連載・住まいが変わる(全8回)


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ニュースイッチオリジナル
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
ことし3月に公開した「ロスジェネ世代論(上記の記事末参照)」という連載のために取材させていただいた多くの有識者が「氷河期世代には就職支援だけでは足りない」と指摘されていたことを思い出しました。福祉政策との連携の必要性を上げる声が多くありました。塩山代表理事は自身も引きこもり状態だった過去を持ち、また、人材派遣会社の側で非正規雇用の若者たちと交流してきた経験もあります。今も現場で就業に苦しむ人たちの声を日々聞いています。その当事者としての言葉に説得力を感じました。 連載「住まいが変わる」の最終回は他とは毛色の違うテーマとなりました。社会環境や価値観の変化や、テクノロジーの進化によって住み方が変化している一方で、『住宅』というものが生活の根本を支えるものだということは変わらないということを強く感じる事例として「モデルハウス」を取材させていただきました。お読みいただいた方々ありがとうございました。

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住生活の方法や住宅の選び方が多様化しています。生活者の価値観や社会環境の変化、テクノロジーの進化などにより住宅市場でいろいろな動きが表出しています。その現場の数々を連載で追いました。

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