IoTなんて誰もいらんけど…元吉本芸人の社長「住宅版iPhone」に挑む

連載・住まいが変わる#05

 葛藤はある。それでも抑えることができない。住宅業界の5年後の常識を作るかもしれない挑戦に自分の人生を賭けたい―。SOUSEI Technology(東京都港区)の乃村一政社長は2018年初夏に覚悟を決めた。奈良県トップクラスの受注棟数に成長した創業8年の住宅会社、SOUSEI(奈良県香芝市)の社長を退き、IT部門を分社化して新たにベンチャーを創業した。

 手がけるのは“住宅の頭脳”。エアコンや照明など家庭内の設備や建材を管理して快適な住環境などを作る住宅用OS(基本ソフト)「v-ex(ベックス)」で、ホームIoTと呼ばれる分野の核となる製品だ。

 ホームIoTは米グーグルやアマゾンなどが発売したAI(人工知能)スピーカーなどにより関心は高まっているが、誰もが欲しがるサービスにはなっておらず、普及への道筋は未だ見えない。それでも乃村社長が情熱を燃やす背景には「iPhone」に初めて触れた時の感動と住宅業界に入って目の当たりにした原体験がある。(取材・葭本隆太)

解決できる課題や満たせる欲求が不確定


 「ホームIoTなんて誰もいらん。けどいつか普及しそう。だから面白いし、ベンチャーが挑む余地がある。みながみな欲しいものだったら大手が全部持って行ってしまうでしょ」。乃村社長は笑う。

 ホームIoTには多様なコンテンツが登場している。空調や照明だけでなく、ドアロックや監視カメラなどをスマートフォンで操作したり、統合制御したりできる。直近では良い睡眠を後押しするアプリケーションなども注目を集めるが、誰もが欲しがる「キラーコンテンツ」は登場していない。乃村社長は「(ホームIoTは)解決できる課題や満たせる欲求が不確定。市場を作るための素地を整える段階」と指摘する。

 そこで着目したのが住宅市場の7割のシェアを持つ中小ビルダーの住宅展示場だ。1000カ所への導入を目指す。「家を買う人は一般に3―5カ所(のモデルハウス)を訪問します。そのうち2カ所以上でベックスが目に入るようにして『これからは家にOSが付くことが普通になる』と思ってもらえるようにしたい」

 住宅会社を経営していた経験から、展示場には需要があると確信していた。「住宅ビルダーは(成約に結びつけるため)顧客に関心を持ってもらえるモデルハウスを作り、滞在時間を長くしたいと考えています。ホームIoTはその課題解決に役立ちます」。

 住宅会社の視点はベックスの開発にも生かした。「1軒の家すべての設備や建材がメーカー1社のものということはまずない。だから我々はオープンなプラットフォームになり、どのメーカーの製品も一つのアプリで制御できるようにします。(住宅OSは大手との競合もありますが、)大手はなるべく自社製品で固めたいと考えるので『オープン』は強みになります」

                     

 ベックスは建材商社を通して住宅ビルダーに販売し、端末の売り上げで事業を運営する。3-5年先にはベックス上で稼働するアプリを流通させるプラットフォーマーとしての手数料ビジネスを構想する。

漫才コンビのツッコミとネタ作りを担当


 乃村社長は異色の経歴を持つ。高校卒業時に漫才師の世界に飛び込み、吉本総合芸能学院(NSC)の14期生になった。テレビなどで活躍するフットボールアワーや次長課長は同期だ。24歳までコンビ芸人のツッコミとネタ作りの担当として活躍していたが、「単純に売れなかった」ため営業の仕事に就いた。そこで芸人時代に培った話芸の力が発揮され、成果が出た。「何不自由なく暮らせる給料を得られるようになりました」。

 ただ、それでは満足できなかった。元々は芸人を目指した性格ゆえか、世の中に驚嘆を与えられるような仕事がしたいと思った。そこで30歳になるころに「市場規模が馬鹿でかそうという思いつき」で住宅業界入り。知人の紹介により入社した会社で土地の仕入れや営業、設計、現場管理など住宅事業に関わるあらゆる仕事を2年半ほど経験し、10年にSOUSEIを立ち上げた。SOUSEIでは「自社オフィスに看板を一切出さない」「住宅会社らしい名前にしない」など自ら告知せずに顧客に知りたいと思わせる仕組みで逆に自社の認知を高める集客戦略などが奏功し、県内トップクラスの事業規模に成長した。

 SOUSEIを創業したころ、乃村社長はもう一つの転機を迎えていた。iPhoneとの出会いだ。「10年に初めて買いました。『4』です。私自身パソコンに初めて触れたのが30歳のときで33歳でiPhoneですから衝撃です。なんでもできるやんと。それからITの目線で住宅を見るようになりました。住宅に(iPhoneのような)テクノロジーが放り込まれたらどうなるのかと」

 そう思考した際によぎったのが住宅業界に入った頃の原体験だ。「住宅を引き渡す際に顧客が感動して泣かれて、すごい仕事をしていると思いました。ただ、住宅は完成時が100点。そこから減点されていきます。劣化もそうですが、例えば翌月に発売されるキッチンに素晴らしい機能があってもすでに完成した住宅の顧客には関係ない。その点でiPhoneは本体が最新版でなくてもアプリでアップデートできる。住宅もそうならないかと考えました」。

                      

 そこから「住宅版iPhone」の開発が始まる。ITの知識を持たないため、IoTの先駆けとなったOS「TRON(トロン)」関連の本などを読み漁った。著者の大学教授らとも直接会い、教えを請うた。その過程で“住宅の頭脳”を作ろうとする米国の企業を見つけた。のちに米グーグルが32億ドルをかけて買収する、スマートサーモスタットの開発などを手がける米ネスト社だ。代表のトニー・ファデルは元アップル上級副社長で「iPod」を開発した人物だった。

関連記事:TRON開発者が考える近未来住宅はこれだ!

 シリコンバレーに出向いた乃村社長にトニー・ファデルはこう助言したという。「初めから“住宅の頭脳”では消費者は付いてこない。我々が将来は電話の機能なども念頭にあった中で、まず『ポケットに1000曲を』というコンセプトのiPodを作り、そこに機能を付加していったように気が付いたら“頭脳”になっていくとよい」。

HEMSで挫折


 この助言を受けて乃村社長が開発した製品がエネルギー消費量を見える化する「HEMS(ホームエネルギー・マネジメント・システム)」だ。政府が省エネ政策の一環として補助金により普及を後押しており、そのHEMSの上に多様な機能を実装していこうと考えた。

 ただ、13年に開発し、大手企業と販売契約がまとまっていた中で、補助金政策が廃止された。「今では補助金をベースに展開しようとした事業モデルが浅はかだったと思います。当時はとにかくこのまま事業を継続していてはとんでもない負債を抱えると思い、13年10月に一度閉鎖しました」。それでも“住宅の頭脳”を作りたいという思いはくすぶり続けた。16年に再始動し、ベックスの開発にこぎ着けた。

 17年末にはベックスの開発を知ったあいおいニッセイ同和損害保険から問い合わせがあり、初面談で出資の意向が示された。同10月に行った住宅事業者向けのイベントも盛況だった。「自分は(いつか求められることを)信じて開発していましたが、やはり大企業の出資したいという申し出に安心したところがありました。(その中でSOUSEI社長を退任し、新しい企業を立ち上げた理由は)住宅業界の新しい常識を作るかも知れない大きな取り組みなので専念しないといけないと考えました」。

ベンチャー企業は「ツッコミ」


 乃村社長はビジネスの世界に入って15年以上が経つが、「芸人時代に舞台で大爆笑を取った時の興奮を超える体験はまだない」という。そして、芸人時代の経験は「今のビジネスの柱になっている」と振り返り、ベンチャー企業をツッコミに重ねる。「ベンチャー企業の事業は社会のいびつな構造や謎などに対して『こうしたらええやん』とか『こうやないか』というツッコミだと思います。そのツッコミの技術の高さは普通の人は見過ごす面白いポイントを見つけられるかどうかで決まります」

 ではホームIoTが求められるためのツッコミポイントはどこだろう。「私は『住宅の見える化』だと思います。(センサーで取得した)エネルギー消費や地震の影響などのデータがアプリ上で3Dグラフィックなどの良質なUI(ユーザー・インターフェース)で表示されるイメージです。(それが本当に正解かどうか)まだ謎は解き明かされていません」。答え合わせは3―5年後か。そのときはベックスが社会に驚嘆を与え、乃村社長には芸人時代を超える興奮が待っているかもしれない。

住宅OS「v-ex」

連載・住まいが変わる(全8回)


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ニュースイッチオリジナル

葭本 隆太

葭本 隆太
10月18日
この記事のファシリテーター

本編とは少しずれますが、SOUSEIで展開した自社認知アップ戦略として自治体と連携した行ったという施策が印象的でした。例えば、慶応大学SFCが開発したばかりの「音力発電装置」を活用して踏むと発電して光るパネルを市で一番人気の私学の幼稚園に子供たちが最新の技術に触れられるようにと寄付したそう。するとそこでいつもジャンプする子供たちを親御さんがみて「寄贈:SOUSEI」の文字が目に入る。SOUSEIとは何かが知りたくなる、という流れだそうです。こんな話を含めてさすが芸人の世界を生きてこられた方だけあり、乃村社長の話は非常に面白く、それをなるべく伝えたいがゆえに、非常に長い記事になってしまいました。最後まで読んでいただいた方ありがとうございます。

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