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マンション住人のスキルや時間「アプリでシェア」は機能するか

連載・住まいが変わる#06
マンション住人のスキルや時間「アプリでシェア」は機能するか

実証実験が行われている「NEXT21」と居住者に使われているスマホアプリ

 マンションでは古くから「シェアリング」が導入されてきた。大規模物件を中心にゲストルームやキッズルームなどの共用スペースは当たり前のように設置され、今ではカーシェアやサイクルシェアなども一般化している。スペースやモノに関わる維持管理の費用負担などを“集まって暮らす”住人たちがシェアすることで、必要なときに必要な分だけ利用できる。それならば、住人それぞれが持つ時間やスキル、モノも同様にシェアできるのではないだろうか。それを促す仕組みは住人同士の交流を活発化し、より豊かなマンション暮らしを後押しするのではないか―。

 こうした仮説を検証する実証実験が、大阪市天王寺区にある大阪ガス実験集合住宅「NEXT21」で5月に始まった。近未来のマンションの在り方を模索する阪急阪神不動産(大阪市北区)が、大阪ガス(同中央区)の協力を得て12月まで実施する。約10世帯の家族が自身の持つ時間やスキル、モノをシェアする生活を続けている。(取材・葭本隆太)

●大阪ガス実験集合住宅「NEXT21」:近未来の都市型住宅のあり方を模索し、新商品の企画開発に生かすために1993年に建設した。68年に建設した「東豊中実験住宅」や85年に建てた「アイデアル住宅NEXT」の役割を引き継いだ。その時々の実証テーマに適した大阪ガス社員とその家族が3-5年、実際に暮らす。これまでにNEXT21での実証を経て「自動洗浄風呂」(ノーリツと共同)や「フラットコンロ」などが商品化された。また、多様な知見を得ることを目的に他業種にも実証フィールドとして提供している。直近ではNTT西日本が顔認証システムによる入退管理などを実証した。今後はZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)をテーマにした実証などを予定している。


「植栽の水やりをお願い」


 「夏休みに家を数日空けるので玄関先の植栽の水やりをお願いできませんか」「珈琲豆を買ったらわが家にあるグラインダーで挽きますよ」―。NEXT21に暮らす住人たちの間ではこんなやりとりが交わされている。スマートフォンアプリ「グッドタイミング」を活用し、住人がスキルやモノの要望や提案を登録するとアプリ上にその内容が掲載される。それを別の住人が閲覧し、応募して条件が合うと成立する流れだ。モノやスキル、時間のシェアリングは有料で最低500円で取引する。

 阪急阪神不動産の住宅事業企画部に所属する濵岡祭課長補佐は「実証実験ではシェアのやり取りが複数出てきています。高齢者単身世帯の増加など(今後の社会環境の変化)を踏まえればマンションの住人同士が困りごとを家族のように手伝い合える環境は大事。(それと親和性が高い)シェアの仕組みは欠かせないものになると思っています」と力を込める。

                     
一棟まるごとHOMEな集合住宅/イラスト:イスナデザイン(一瀬健人 + 野口理沙子)

 阪急阪神不動産は2017年に社会環境の変化やテクノロジーの進化を踏まえて近未来の集合住宅が提供できる価値を模索し、商品開発に生かすためのプロジェクトを発足した。社内に部署横断チームを結成し、富士通デザインなど外部機関とも連携して検討を進めた。約1年の議論を経て18年夏にまとめたコンセプトが「一棟まるごとHOMEな集合住宅」。その要素の一つが「シェアリング」だった。

 濵岡課長補佐は「マンションには多様な人が住んでおり、各人がいろいろなスキルやモノを持っています。それを互いに使い合うことで居住者同士の良い関係が生まれ、暮らしが豊かになると考えました。我々は居住者同士の交流を促すため新築分譲時にはイベントを開きますが、それ以降(に我々ができること)はなかなかありません。継続的にコミュニティーを活性化する手段としても有効だと思いました」と説明する。

 この仮説を実証しようと協力を仰いだ先が多様な実証実験を行ってきた「NEXT21」を持つ大阪ガスだ。大阪ガスのリビング事業部に所属する藤本祐子さんは「我々は独自でエネルギーに関連する実験を行っていますが、(シェアリングは)まったく視点が違うもので非常に面白いと思いました。我々も集合住宅の未来を考える中で新しい知見を得られるよい機会と思い、協力しました」と振り返る。

やってほしいという声があればやるのに


 実証実験では一定のやり取りが交わされている一方、今後検証すべき課題も見つかっている。例えば「自分のスキルを有料で開示して登録するのは気が引ける。やってほしいという声があればやるのに」という住人の声が多かったという。また、今回の実証は参加者が約10世帯と小規模なほか、住人は同じ大阪ガスの社員とその家族のため属性が偏っており、多様性という意味でも乏しい。住人同士は交流が元々あり、シェアリングによるコミュニティー活性化の効果も不透明な状態だ。

 こうしたことから阪急阪神不動産は登録のハードルを下げる仕組みを検討するほか、より大規模で多様性のあるマンションなどでの実証を今後行う方針だ。濵岡課長補佐は「マンションで本格的に稼働させるにはまだ検討が必要です。今回の実証結果を検証した上で大規模な実証を行い、本格導入を目指します」と意気込む。

 実は遠く東京・赤羽にあるUR都市機構の旧赤羽台団地(ヌーベル赤羽台)ではテクノロジーを活用した近未来の団地のあり方を模索するプロジェクトが進んでおり、住人同士のシェアリングが重要なテーマに位置づけられている。同プロジェクトでは物理的な住戸にとどまらず生活環境をサービスとして提供する考え方「HaaS(ハウジング・アズ・ア・サービス)」を提唱しており、シェアリングはその要素の一つと捉えられている。

関連記事:「AIと同居」「HaaS」…近未来住宅のキーワードはこれだ

 プロジェクトを主導する東洋大学情報連携学部(INIAD)の坂村健学部長は「三軒両隣と言われた頃に比べて地域の関係性が希薄になった一方で、インターネットを使うことにより団地の住人同士などの貸し借りはやりやすくなっている」と指摘。12月以降の大規模団地でのスマホを活用したシェアリングの実証を視野に入れている。

 マンション市場では坪単価の上昇を背景に、販売価格を抑えるための専有面積の縮小傾向が続く。こうした観点からも、マンション住人の間では個人がなるべくモノを所有せずに済むシェアリングの需要がさらに広がる可能性は高い。

実証実験が行われている「NEXT21」

連載・住まいが変わる(全8回)


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【02】定額住み放題が人気…「旅するように暮らす」は広がるか(10・16公開)
【03】スマホで賃貸「OYO」は常識をどう打ち破るか(10・16公開)
【04】【坂村健】「AIと同居」「HaaS」…近未来の住宅はこれだ(10・17公開)
【05】IoTなんて誰もいらへんけど…元吉本芸人「住宅版iPhone」に挑む(10・18公開)
【06】マンション住人のスキルや時間「アプリでシェア」は機能するか(10・19公開)
【07】楽天も注目「スマホで家を買う時代」が到来する根拠(10・20公開)
【08】ロスジェネ救う切り札か、大阪発「住宅つき就職支援」の光明(10・21公開)
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
実証実験では商用化されているアプリのルールに従って、住人同士のシェアに料金が発生しますが、検証が必要な気はします。「●●してください」は有料の方がお願いしやすいような気もするし、「●●できます」を有料で提案するのは気が引けるような…。いずれにしても今後、大規模な実証も想定しているようなので、より多様性のある場所でどのようなやり取りがなされ、住人がどのように感じるのか注目したいところです。

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住生活の方法や住宅の選び方が多様化しています。生活者の価値観や社会環境の変化、テクノロジーの進化などにより住宅市場でいろいろな動きが表出しています。その現場の数々を連載で追いました。

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