#1
どう発掘、おおきな潜在ニーズ。「モノ消しゴム」担当者 吉田奈々さんに聞いた
定番商品のつくり方、育て方 #1 ~トンボ鉛筆「モノ消しゴム」~
「モノ消しゴム」の誕生は1969年。その2年前に発売した「モノ100」という高級鉛筆のサービス品だった消しゴムが「よく消える」と評判になり商品となりました。
現在、定番の「モノ消しゴム」を中心に、ライトタイプやホルダー消しゴムなどバリエーションも豊富で、MONOブランドは事務用消しゴム市場で5割超という圧倒的なシェアを誇ります。そんなモノ消しゴムですが、今、書く機会の減少など時代の変化への対応を迫られています。
マーケティング本部プロダクトプランニング部の吉田奈々さんは、ホルダータイプのものや、受験の時に使える文字がないタイプの消しゴムに携わってきました。そんな吉田さんに、モノ消しゴムの商品開発の基本的な進め方や、新しい商品を生み出すための姿勢を聞きました。(聞き手・平川透、写真・木本直行)
「定番商品」が定番たる所以は何でしょうか?類似の商品やサービスがある中で、「その商品」が選び続けられるために、つくり手は何を考え、何を大事にしているのでしょうか。
このシリーズは、主に商品開発やマーケティングの観点から、様々なジャンルの定番商品に携わる方にお話を聞き、「多くの人に長く愛される」ものづくりのヒントをお届けします。>
—まず、圧倒的認知度の定番商品があることのよさを教えてください。
MONOブランドといえば高品質で、安心して使えるというイメージがついているということがメリットです。商品開発を任されている私にはそれがプレッシャーのようになってしまうこともありますが、ブランドを冠することで、安心して使っていただけることは優位です。
―逆に大変なことはありますか?
非常にシンプルなデザインと構造なので、真似しやすいところ。海外では模倣品やパロデイ商品が出回ってしまったこともあります。当然、当社の製品ではないのに似たデザインで粗悪な商品を売られてしまうと、ブランドイメージが損なわれてしまいます。そうした侵害品を発見した場合は、都度対応しています。
—見た目では変化がわかりづらい消しゴムですが、改良はされているのですか?
時代の変化や製造条件の変化に対応するために改良を行います。その時に一番大事にしているのはユーザー目線です。使用実態を直接見たり聞いたりします。時代によって要求は変わるので、その時その時の「今」を把握します。どういった風に使われているのかや、どういったものが求められるのかといったことを必ず確認します。
—例えば今までどのような対応をしてきたのですか?
消しゴムが活躍する鉛筆やシャープペンシルなどの使用率は、かつては製図や事務作業の現場が主流でしたが、今は教育現場の方が高くなりました。そうなると、よく使われる芯の濃度(硬さ)が変わります。学生さんがメインになってくれば学生さんの意見を聞いたりして市場を把握し、どこに消しゴムの性能を合わせていくかを決めていきます。
ただし、モノ消しゴムのような定番商品を大きく変えるということはなくて、許される範囲で改良を行います。多くのユーザーが愛用くださっているスタンダード商品を別物にすることはできないので。
ある性能に対してニーズがあるけれど、改良の範囲内で対応できない場合は、シリーズ展開をして対応します。そのようにして、「モノライト」や「モノエアタッチ」などより消し感が軽い商品が生まれました。
**
時代の変化から新バリエーションが誕生した典型的な例をもう一つ。消しかすがまとまりやすい「モノノンダスト」が発売されたのは、フローリングが普及し始めた80年代。子供が学校の宿題をやって、消しゴムのカスをフローリングに落として捨ててしまうと、ベタベタと足の裏にくっついたりします。そういうことから、消しかすがまとまって、掃除しやすい消しゴムが欲しいという意見が出て誕生しました。
**
—MONOブランドには色々な商品がありますが、定番の「モノ消しゴム」は性能的にどのような位置付けでしょうか?
当社の商品の中で一番ストライクゾーンの広い商品です。商品特性を考える上で、「消しクズの量」と「消し感」という2つの軸があり、「モノ消しゴム」はその真ん中に位置付けられています。
「よく消える」ということは大前提として、次に求められるのが「消し感」です。好みが分かれるところで、当社ではサラサラした消し感の「モノエアタッチ」などや、粘りつくようなタッチの「モノダストキャッチ」などという2つの「消し感」を用意しています。
—ポジショニングマップの中にラインナップが存在しない2つの領域がありますね。
消し感がサラサラで消しクズが少ないというのは性能を出すのが難しく、一方で、モチモチしていて消しクズが多いというのはニーズが希薄です。
—「消し感がサラサラで消しクズが少ない」商品にはチャレンジはするのでしょうか?
チャレンジしてみたいとは思っています。
—開発には取り組んでいくのですか?
まだ白紙状態です(笑)
**
80年代あたりから少子化が社会問題として浮上します。子供の数の膨張に依存する形で成長してきた産業は、このままでは少子化によって一緒に沈んでしまうという危機感を抱いていました。文具もそうした業界です。そこで、「消しゴムは1人1個」ではなく、「筆箱に1個、勉強机に1個」というふうに、色々な場所に色々なタイプの消しゴムを置いてもらうという提案ができないかと模索が始まり、現在までに用途に応じた様々な商品が誕生していきます。
**
—最近はどのような商品を手がけていますか?
最近は、ホルダータイプの消しゴムの企画を担当しました。細かいところを消しやすいことがメリットのホルダータイプを主用途で使っている人に向けて作りました。従来からあるタイプよりちょっと太めの消しゴムを採用して、「持ち運びしやすくてよく消える」商品を開発しました。ノート1行の幅や数文字を消すためにぴったりなサイズになっています。
この文字がない商品(写真下)もニーズから生まれた商品です。
受験の時には文具の持ち込み制限があります。文具には色々な文字が表示されているので、学生さんは「パッケージに書かれている文字がカンニングに該当してしまったらどうしよう」という心配をします。学生さんからすれば、入試って今まで生きてきた中でもかなり緊張するシーンだと思います。そのような時に、余計なところに気が行ってしまわず、安心して使えるものをということで、企画しました。
パッケージに文字のない消しゴムって、他社さんでも簡単に出すことができますが、青、白、黒の3色のストライプは「モノ消しゴム」だとすぐにわかります。だから、「よく消える」という安心感はきちんと演出できます。この文字のないシンプルなパッケージは、色彩商標を取っている当社でしか出すことができません。
**
MONOブランドを象徴する3色のストライプ、再現しようと思えば技術的には容易です。しかし、同じような配色で消しゴムを作ることは法的に困難です。2015年4月から、「新しいタイプの商標」として「色彩」も商標登録できるようになりました。その登録第1号がMONOの青・白・黒のストライプです。ロゴなどの文字がなくても色彩のみで権利が主張できるので、他の企業は真似できません。
**
—市場の縮小傾向がある中での危機感や注目していることはありますか?
少子化と電子化ですね。筆記の機会が徐々に減っています。書かないと消さないので、筆記具・消しゴム分野は楽観できません。ところが、近著の「アナログの逆襲」(インターシフト、2018年)という本が話題のように、パーソナル分野ではアナログ嗜好が深まっていることは事実です。文具でもアートやハンドレタリングが隆盛で、その作品をSNSで公開し合ってブームが過熱しています。提案次第で筆記具にも消しゴムにもフロンティアはあると思っています。
お客様が気づいていないニーズを発掘して行きたいですね。古い話ですが、「電子レンジが欲しい」というお客様の声があって、電子レンジが生まれたのではありませんね。つまり強力なシーズというか提案がニーズを掘り起こしてきたように思うのです。ですから文具も、こちらから「素敵でしょ!」と提案していくことがとても重要なんだと思っています。何が欲しいか気がついていないことって結構あると思います。それを提案していきたいです。
—多くの人が気づいていないニーズを見出すためには、どういったことが大事だと考えますか?
自分自身もユーザーの目線になって、製品を使ってみることを大事にしています。子供なら子供、男性なら男性の気持ちになって製品を使ってみます。色々な使い方や用途がありますが、自分が一番のユーザーになるくらい、製品を使い込むことを大切にしています。
【略歴】
吉田奈々(よしだ・なな)
2011年入社。入社当時より商品開発に携わる。13年まではのりの商品開発を担当。14年より、消しゴムの新製品の企画・開発を担当している。
連載「定番商品のつくり方、育て方」
#1 トンボ鉛筆「モノ消しゴム」
#2 ゼブラ「サラサクリップ」
#3 伊藤園「お〜いお茶」
#4 カルビー「ポテトチップス」 3月18日午前6時公開
#5 高橋書店「高橋手帳」 3月16日午前6時公開
#6 コンバース「オールスター」【近日公開予定】
#7 ハウス食品「うまかっちゃん」「バーモントカレー」【近日公開予定】
#8 三省堂「新明解国語辞典」「三省堂国語辞典」 3月17日午前6時公開
*掲載順は公開順ではありませんので、ご了承ください。
現在、定番の「モノ消しゴム」を中心に、ライトタイプやホルダー消しゴムなどバリエーションも豊富で、MONOブランドは事務用消しゴム市場で5割超という圧倒的なシェアを誇ります。そんなモノ消しゴムですが、今、書く機会の減少など時代の変化への対応を迫られています。
マーケティング本部プロダクトプランニング部の吉田奈々さんは、ホルダータイプのものや、受験の時に使える文字がないタイプの消しゴムに携わってきました。そんな吉田さんに、モノ消しゴムの商品開発の基本的な進め方や、新しい商品を生み出すための姿勢を聞きました。(聞き手・平川透、写真・木本直行)
このシリーズは、主に商品開発やマーケティングの観点から、様々なジャンルの定番商品に携わる方にお話を聞き、「多くの人に長く愛される」ものづくりのヒントをお届けします。>
消しゴムは時代の鏡、その時々の「今」を捉えてきた
—まず、圧倒的認知度の定番商品があることのよさを教えてください。
MONOブランドといえば高品質で、安心して使えるというイメージがついているということがメリットです。商品開発を任されている私にはそれがプレッシャーのようになってしまうこともありますが、ブランドを冠することで、安心して使っていただけることは優位です。
―逆に大変なことはありますか?
非常にシンプルなデザインと構造なので、真似しやすいところ。海外では模倣品やパロデイ商品が出回ってしまったこともあります。当然、当社の製品ではないのに似たデザインで粗悪な商品を売られてしまうと、ブランドイメージが損なわれてしまいます。そうした侵害品を発見した場合は、都度対応しています。
—見た目では変化がわかりづらい消しゴムですが、改良はされているのですか?
時代の変化や製造条件の変化に対応するために改良を行います。その時に一番大事にしているのはユーザー目線です。使用実態を直接見たり聞いたりします。時代によって要求は変わるので、その時その時の「今」を把握します。どういった風に使われているのかや、どういったものが求められるのかといったことを必ず確認します。
—例えば今までどのような対応をしてきたのですか?
消しゴムが活躍する鉛筆やシャープペンシルなどの使用率は、かつては製図や事務作業の現場が主流でしたが、今は教育現場の方が高くなりました。そうなると、よく使われる芯の濃度(硬さ)が変わります。学生さんがメインになってくれば学生さんの意見を聞いたりして市場を把握し、どこに消しゴムの性能を合わせていくかを決めていきます。
ただし、モノ消しゴムのような定番商品を大きく変えるということはなくて、許される範囲で改良を行います。多くのユーザーが愛用くださっているスタンダード商品を別物にすることはできないので。
ある性能に対してニーズがあるけれど、改良の範囲内で対応できない場合は、シリーズ展開をして対応します。そのようにして、「モノライト」や「モノエアタッチ」などより消し感が軽い商品が生まれました。
**
時代の変化から新バリエーションが誕生した典型的な例をもう一つ。消しかすがまとまりやすい「モノノンダスト」が発売されたのは、フローリングが普及し始めた80年代。子供が学校の宿題をやって、消しゴムのカスをフローリングに落として捨ててしまうと、ベタベタと足の裏にくっついたりします。そういうことから、消しかすがまとまって、掃除しやすい消しゴムが欲しいという意見が出て誕生しました。
**
新商品を作る時の基本的な考え方
—MONOブランドには色々な商品がありますが、定番の「モノ消しゴム」は性能的にどのような位置付けでしょうか?
当社の商品の中で一番ストライクゾーンの広い商品です。商品特性を考える上で、「消しクズの量」と「消し感」という2つの軸があり、「モノ消しゴム」はその真ん中に位置付けられています。
「よく消える」ということは大前提として、次に求められるのが「消し感」です。好みが分かれるところで、当社ではサラサラした消し感の「モノエアタッチ」などや、粘りつくようなタッチの「モノダストキャッチ」などという2つの「消し感」を用意しています。
—ポジショニングマップの中にラインナップが存在しない2つの領域がありますね。
消し感がサラサラで消しクズが少ないというのは性能を出すのが難しく、一方で、モチモチしていて消しクズが多いというのはニーズが希薄です。
—「消し感がサラサラで消しクズが少ない」商品にはチャレンジはするのでしょうか?
チャレンジしてみたいとは思っています。
—開発には取り組んでいくのですか?
まだ白紙状態です(笑)
**
80年代あたりから少子化が社会問題として浮上します。子供の数の膨張に依存する形で成長してきた産業は、このままでは少子化によって一緒に沈んでしまうという危機感を抱いていました。文具もそうした業界です。そこで、「消しゴムは1人1個」ではなく、「筆箱に1個、勉強机に1個」というふうに、色々な場所に色々なタイプの消しゴムを置いてもらうという提案ができないかと模索が始まり、現在までに用途に応じた様々な商品が誕生していきます。
**
子供や男性の気持ちになって使う
—最近はどのような商品を手がけていますか?
最近は、ホルダータイプの消しゴムの企画を担当しました。細かいところを消しやすいことがメリットのホルダータイプを主用途で使っている人に向けて作りました。従来からあるタイプよりちょっと太めの消しゴムを採用して、「持ち運びしやすくてよく消える」商品を開発しました。ノート1行の幅や数文字を消すためにぴったりなサイズになっています。
この文字がない商品(写真下)もニーズから生まれた商品です。
受験の時には文具の持ち込み制限があります。文具には色々な文字が表示されているので、学生さんは「パッケージに書かれている文字がカンニングに該当してしまったらどうしよう」という心配をします。学生さんからすれば、入試って今まで生きてきた中でもかなり緊張するシーンだと思います。そのような時に、余計なところに気が行ってしまわず、安心して使えるものをということで、企画しました。
パッケージに文字のない消しゴムって、他社さんでも簡単に出すことができますが、青、白、黒の3色のストライプは「モノ消しゴム」だとすぐにわかります。だから、「よく消える」という安心感はきちんと演出できます。この文字のないシンプルなパッケージは、色彩商標を取っている当社でしか出すことができません。
**
MONOブランドを象徴する3色のストライプ、再現しようと思えば技術的には容易です。しかし、同じような配色で消しゴムを作ることは法的に困難です。2015年4月から、「新しいタイプの商標」として「色彩」も商標登録できるようになりました。その登録第1号がMONOの青・白・黒のストライプです。ロゴなどの文字がなくても色彩のみで権利が主張できるので、他の企業は真似できません。
**
—市場の縮小傾向がある中での危機感や注目していることはありますか?
少子化と電子化ですね。筆記の機会が徐々に減っています。書かないと消さないので、筆記具・消しゴム分野は楽観できません。ところが、近著の「アナログの逆襲」(インターシフト、2018年)という本が話題のように、パーソナル分野ではアナログ嗜好が深まっていることは事実です。文具でもアートやハンドレタリングが隆盛で、その作品をSNSで公開し合ってブームが過熱しています。提案次第で筆記具にも消しゴムにもフロンティアはあると思っています。
お客様が気づいていないニーズを発掘して行きたいですね。古い話ですが、「電子レンジが欲しい」というお客様の声があって、電子レンジが生まれたのではありませんね。つまり強力なシーズというか提案がニーズを掘り起こしてきたように思うのです。ですから文具も、こちらから「素敵でしょ!」と提案していくことがとても重要なんだと思っています。何が欲しいか気がついていないことって結構あると思います。それを提案していきたいです。
—多くの人が気づいていないニーズを見出すためには、どういったことが大事だと考えますか?
自分自身もユーザーの目線になって、製品を使ってみることを大事にしています。子供なら子供、男性なら男性の気持ちになって製品を使ってみます。色々な使い方や用途がありますが、自分が一番のユーザーになるくらい、製品を使い込むことを大切にしています。
【略歴】
吉田奈々(よしだ・なな)
2011年入社。入社当時より商品開発に携わる。13年まではのりの商品開発を担当。14年より、消しゴムの新製品の企画・開発を担当している。
#1 トンボ鉛筆「モノ消しゴム」
#2 ゼブラ「サラサクリップ」
#3 伊藤園「お〜いお茶」
#4 カルビー「ポテトチップス」 3月18日午前6時公開
#5 高橋書店「高橋手帳」 3月16日午前6時公開
#6 コンバース「オールスター」【近日公開予定】
#7 ハウス食品「うまかっちゃん」「バーモントカレー」【近日公開予定】
#8 三省堂「新明解国語辞典」「三省堂国語辞典」 3月17日午前6時公開
*掲載順は公開順ではありませんので、ご了承ください。
ニュースイッチオリジナル
特集・連載情報
「定番商品」が定番たる所以は何でしょうか?様々なジャンルの定番商品に携わる方にお話を聞き、「多くの人に長く愛される」ものづくりのヒントをお届けします。