美容と医療、消える“肌研究の境界線”
化粧品メーカーが「治療」分野に乗り出す
健康な肌ときれいな肌が同義語になりつつある現代、長らく「美容」を研究してきた化粧品メーカーが「治療」という医療分野の研究に乗り出し始めた。また、治療目的に開発された製品を化粧品として活用する事例も増える。美容から治療へ、治療から美容へ。肌研究の境界線がなくなりつつある。
「人工皮膚とは一線を画す“皮膚を越える皮膚”として提案したい」(花王の沢田道隆社長)―。花王は2018年11月、極細繊維をあらかじめ肌に直接吹き付けることで、クリームなどの製剤の均一な塗布や浸透を助ける「ファインファイバー」技術を発表した。
小型の専用装置にセットした化粧品用のポリマー溶液を噴射し、極薄膜を形成する。膜が密着するため、肘や指などの動きが多い場所でもはがれない。上から製剤を塗れば均一に塗布できる上、極細繊維の力でしっかりと保持できる。
当面はファンデーションなどのメーキャップ製品での投入を考えるが、治療現場での活用も視野に入れる。沢田社長は、「アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患治療のクリームを塗り、上からファインファイバーを吹き付ければ保持力が上がる。日常生活で落ちない。性能が格段に上がり、治りも早いはずだ」と自信をみせる。
また花王は体内のRNA(リボ核酸)に着目した技術「RNAモニタリング」も発表している。あぶらとり紙でとる顔の油には多くのRNAが含まれており、これを分析すれば目に見えない皮膚の状態を可視化できる。将来の肌の状態を予測できるという。
沢田社長は、「個人に合わせた治療やスキンケアの提案にもつながる。皮膚の疾患や難病領域の治療に使えれば」と展望する。
資生堂はやけどなどの治療で使われることの多い人工皮膚を美容用途で活用しようとしている。米マサチューセッツ工科大学の皮膚科学の世界的権威であるダン・アンダーソン博士らが創設した米オリボラボラトリーズ(マサチューセッツ州)保有の技術を応用した「セカンドスキン」および関連事業を買収し、研究開発を進めている。
ポリマーベースのクリームの上に専用の乳液を塗り、肌と一体化した人工皮膚を形成する。凹凸を補正し、シワやたるみを瞬時に隠せる。日焼け止めへの活用も視野に入れる。既存の化粧品では体感できない新しいスキンケアを提供する。
資生堂は現在、イノベーションの取り組みを強化しており、セカンドスキンもこの一端を担う。
さらに、スマートフォンによる撮影で1人ずつの肌に合ったスキンケアを提案するアプリ「肌パシャ」のような取り組みも進める。幅広い視点から美容を研究し、提供するモノやコトを多様化させ、化粧品ビジネスの新領域を開拓する。
医療業界から化粧品分野へのアプローチも進む。例えば創薬ベンチャーのナノキャリアは、がんを治療する薬物を包み込む粒子技術を美肌成分として活用。化粧品原料として提供する。
この粒子は疎水性物質の中に包み込んだ薬物を、さらに親水性物質で包む。抗がん剤では血液中に薬物を安定して存在させる機能を果たすが、化粧品では薬物を表皮層に蓄積できるという。
また現在は原料提供だけでなく、自社ブランド「デプス」を展開。シャンプーや美容液、スカルプケアなどで、治療から美容へとビジネスを広げる。
同社はさらに皮膚科領域の治療に技術を活用しようとする。粒子に薬物を内包すると、肌に浸透する薬物量を増加できることを確認した。さらに粒子は角質層上または角質内部にとどまるが、薬物は皮膚のより深い部分に浸透するという。
今後、皮膚科向けの薬剤を開発する企業などに技術を売り込む。中冨一郎社長は、「新たな治療領域が視野に入ってきた。他の企業や研究機関とも協力して、これまで以上に力を入れる」と意気込む。
再生医療事業を手がけるセルソース(東京都渋谷区)も化粧品「シグナリフト」を開発、販売する。脂肪幹細胞の抽出および加工を手がけてきた経験から、細胞間のシグナル伝達に着目。独自成分を開発し、アンチエイジング化粧品とした。同成分には肌の新陳代謝を補助する機能があるという。
発売したばかりのクリームには、抗炎症などの作用を持つとされる細胞外小胞(エクソソーム)の排出量を調節するような成分も配合した。メラニンの過剰分泌を防止でき、シミやくすみなどの改善が期待できる。
裙本(つまもと)理人社長は、「再生医療事業を手がけるからこそ、原料にこだわったいいモノを作れる。使い心地も配慮した。当社を知ってもらうきっかけになれば」と話しており、治療から美容への進出を知名度向上に利用したい考えだ。
肌は人間の臓器などを外部の刺激から守る重要な器官。荒れるのは体からのサインともいわれ、美しい肌は健康の証拠でもある。美しい肌と健康な肌、両方の追求は同じともいえるため、「美容」と「治療」の境界がなくなるのは必然的な流れだ。
化粧品メーカーが見つめる治療領域はイノベーションの意味が大きい。資生堂はもちろん、花王も「製品化前の技術をあえて公表することで、オープンイノベーションにつなげたい」(沢田社長)と明かす。治療領域は、新たなビジネスへと進出するきっかけになろうとしている。
一方、創薬およびバイオベンチャーにおける化粧品は、知名度の向上やキャッシュフローの改善としての意味合いが大きい。
本業である治療領域における技術力の高さをアピールする商材の一つだ。
また、ナノキャリアのように新たな治療領域拡大へのきっかけにもなる。安全性と効能が求められる化粧品には、各社の技術が集約される。企業規模を問わず、開発戦争が加速しそうだ。
(文=門脇花梨)
アトピー、治りを早く 花王
「人工皮膚とは一線を画す“皮膚を越える皮膚”として提案したい」(花王の沢田道隆社長)―。花王は2018年11月、極細繊維をあらかじめ肌に直接吹き付けることで、クリームなどの製剤の均一な塗布や浸透を助ける「ファインファイバー」技術を発表した。
小型の専用装置にセットした化粧品用のポリマー溶液を噴射し、極薄膜を形成する。膜が密着するため、肘や指などの動きが多い場所でもはがれない。上から製剤を塗れば均一に塗布できる上、極細繊維の力でしっかりと保持できる。
当面はファンデーションなどのメーキャップ製品での投入を考えるが、治療現場での活用も視野に入れる。沢田社長は、「アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患治療のクリームを塗り、上からファインファイバーを吹き付ければ保持力が上がる。日常生活で落ちない。性能が格段に上がり、治りも早いはずだ」と自信をみせる。
また花王は体内のRNA(リボ核酸)に着目した技術「RNAモニタリング」も発表している。あぶらとり紙でとる顔の油には多くのRNAが含まれており、これを分析すれば目に見えない皮膚の状態を可視化できる。将来の肌の状態を予測できるという。
沢田社長は、「個人に合わせた治療やスキンケアの提案にもつながる。皮膚の疾患や難病領域の治療に使えれば」と展望する。
シワ 瞬時に隠す 資生堂
資生堂はやけどなどの治療で使われることの多い人工皮膚を美容用途で活用しようとしている。米マサチューセッツ工科大学の皮膚科学の世界的権威であるダン・アンダーソン博士らが創設した米オリボラボラトリーズ(マサチューセッツ州)保有の技術を応用した「セカンドスキン」および関連事業を買収し、研究開発を進めている。
ポリマーベースのクリームの上に専用の乳液を塗り、肌と一体化した人工皮膚を形成する。凹凸を補正し、シワやたるみを瞬時に隠せる。日焼け止めへの活用も視野に入れる。既存の化粧品では体感できない新しいスキンケアを提供する。
資生堂は現在、イノベーションの取り組みを強化しており、セカンドスキンもこの一端を担う。
さらに、スマートフォンによる撮影で1人ずつの肌に合ったスキンケアを提案するアプリ「肌パシャ」のような取り組みも進める。幅広い視点から美容を研究し、提供するモノやコトを多様化させ、化粧品ビジネスの新領域を開拓する。
粒子技術を美肌成分へ ナノキャリア
医療業界から化粧品分野へのアプローチも進む。例えば創薬ベンチャーのナノキャリアは、がんを治療する薬物を包み込む粒子技術を美肌成分として活用。化粧品原料として提供する。
この粒子は疎水性物質の中に包み込んだ薬物を、さらに親水性物質で包む。抗がん剤では血液中に薬物を安定して存在させる機能を果たすが、化粧品では薬物を表皮層に蓄積できるという。
また現在は原料提供だけでなく、自社ブランド「デプス」を展開。シャンプーや美容液、スカルプケアなどで、治療から美容へとビジネスを広げる。
同社はさらに皮膚科領域の治療に技術を活用しようとする。粒子に薬物を内包すると、肌に浸透する薬物量を増加できることを確認した。さらに粒子は角質層上または角質内部にとどまるが、薬物は皮膚のより深い部分に浸透するという。
今後、皮膚科向けの薬剤を開発する企業などに技術を売り込む。中冨一郎社長は、「新たな治療領域が視野に入ってきた。他の企業や研究機関とも協力して、これまで以上に力を入れる」と意気込む。
再生医療のノウハウ活用 セルソース
再生医療事業を手がけるセルソース(東京都渋谷区)も化粧品「シグナリフト」を開発、販売する。脂肪幹細胞の抽出および加工を手がけてきた経験から、細胞間のシグナル伝達に着目。独自成分を開発し、アンチエイジング化粧品とした。同成分には肌の新陳代謝を補助する機能があるという。
発売したばかりのクリームには、抗炎症などの作用を持つとされる細胞外小胞(エクソソーム)の排出量を調節するような成分も配合した。メラニンの過剰分泌を防止でき、シミやくすみなどの改善が期待できる。
裙本(つまもと)理人社長は、「再生医療事業を手がけるからこそ、原料にこだわったいいモノを作れる。使い心地も配慮した。当社を知ってもらうきっかけになれば」と話しており、治療から美容への進出を知名度向上に利用したい考えだ。
化粧品がおこすイノベーション
肌は人間の臓器などを外部の刺激から守る重要な器官。荒れるのは体からのサインともいわれ、美しい肌は健康の証拠でもある。美しい肌と健康な肌、両方の追求は同じともいえるため、「美容」と「治療」の境界がなくなるのは必然的な流れだ。
化粧品メーカーが見つめる治療領域はイノベーションの意味が大きい。資生堂はもちろん、花王も「製品化前の技術をあえて公表することで、オープンイノベーションにつなげたい」(沢田社長)と明かす。治療領域は、新たなビジネスへと進出するきっかけになろうとしている。
一方、創薬およびバイオベンチャーにおける化粧品は、知名度の向上やキャッシュフローの改善としての意味合いが大きい。
本業である治療領域における技術力の高さをアピールする商材の一つだ。
また、ナノキャリアのように新たな治療領域拡大へのきっかけにもなる。安全性と効能が求められる化粧品には、各社の技術が集約される。企業規模を問わず、開発戦争が加速しそうだ。
(文=門脇花梨)
日刊工業新聞2019年1月21日