日本刀が“究極の構造材”として注目される理由
材料科学と構造力学に新機軸を切り開く
日本刀は究極の構造材料といえる。刀鍛冶は1本の刀身に軟らかい「心金(しんがね)」や硬い「刃金(はのかね)」など硬さの異なる鋼を使い分け、しなやかさと強さを両立させる。構造材料の研究者が追い求める靭性(じんせい、材料の粘り強さ)と強度の両立を伝承と匠の技で実現してきた。日本刀の複合構造は現代の材料研究者にとっても興味深い。日本刀が材料科学と構造力学の新機軸を切り開くかもしれない。
外光を遮断した工房で炎だけが周囲を照らしている。炎の中では砂鉄を原料とする「玉鋼」が赤く光る。刀匠の宮下正吉さんは鋼の温度を色で見極める。「日の光が入ると色が分からない。締め切った空間で炉をたくから、夏場は刀を打てない」と苦笑いする。
刀を鍛錬する工程では玉鋼を熱して半分に折り返し、たたく作業を繰り返す。14回も繰り返すと微量成分が材料内部に混ざり込み均質化する。熱する前に鋼の周りを藁灰(わらばい)で包み、酸化ケイ素の被膜で鋼を酸化から守る。
それでも鋼の酸化は防げず、たたくと酸化鉄が表面から剥がれて鋼は数分の1に減る。この過程で不純物や炭化物が取り除かれる仕組みだ。鍛錬には鍛造に加え、精錬の効果があった。
日本刀の製造工程は現代の金属加工の基礎となっている。材料となる玉鋼の製錬や鍛造、圧接、熱処理など、構造材料の製造プロセスに通じる。
宮下さんは、「刀が戦の必需品として大量に作られた鎌倉時代が技術の最盛期。当時の技術を目指したいが、伝承が途絶えてしまった」と残念がる。
武器としての機能を極限まで追求した結果、美術品としての価値も高まった。出来の良い刀は神器として奉納され、現代まで保存されている。
物質・材料研究機構構造材料研究拠点の長井寿アドバイザー(前拠点長)らは、最新の科学で材料と製造技術の両面からこうした日本刀の謎に迫ろうとしている。「これまで日本刀の科学的研究は成分分析や金属組織の観察が中心だった。放射光施設での結晶構造解析やスーパーコンピューターでのシミュレーションなど分析技術は進化している」と説明する。
その結果、刀身中の金属組織の3次元配置や複合構造の最適化を実際に作らなくても試せるようになった。さらに「日本刀のノウハウ解明に加えて、そのノウハウを構造材料に生かすことが可能だ」という。
日本刀は次世代材料を開発する題材としても魅力的だ。一般的に構造材料は、内部が均質な金属の塊として流通する。材料内部に金属組織の配向性やムラがあると、構造体を作るメーカーとしては扱いづらい。
母材のどの部分を使っても、構造体として同じ性能を発揮できなければ、1品1品の信頼性保証が難しいためだ。本来、複合構造は生産性が下がるため敬遠される。
物材機構の井上忠信塑性加工プロセスグループ長は、「『ハニカム』や『トラス』など、構造として強度を出すには均質な単一材料で十分だった。だが軽量化や薄肉化が進み、材料内部の組織から構造体を作り込まないと差別化できなくなっている」と指摘する。
例えば井上グループ長は、鉄の組織を一方向にそろえて、竹のような繊維状組織をもつ鋼材を開発した。繊維の引っ張り方向に破断しにくく、超高強度の締結ボルトとして応用が期待される。
日本刀は形がシンプルで複合構造と性能を検証するテーマとしてはうってつけだ。硬・軟組織の最適配置やその破壊機構を解明すれば、多くの構造材料に応用できると考えられる。材料科学と構造力学が真に融合する場となる。
さらに鍛刀場は加工装置がシンプルであり、IoT(モノのインターネット)化しやすい。鍛錬時の圧力や熱処理の温度など、各工程にセンサーをはり巡らせれば簡単にデータを集められる。
長井アドバイザーは「鍛刀場をスマートに標準化し基礎データを集めれば、金属加工プロセスに生かせる」と説明する。
鉄鋼メーカーは製造プロセスを開示できないが、作刀工程を中心としてデータを共有すれば連携が可能。刀匠の宮下さんは「日本刀と構造材料は、互いに高め合って新しい価値を作れる」と期待する。
(文=小寺貴之)
金属加工の基礎
外光を遮断した工房で炎だけが周囲を照らしている。炎の中では砂鉄を原料とする「玉鋼」が赤く光る。刀匠の宮下正吉さんは鋼の温度を色で見極める。「日の光が入ると色が分からない。締め切った空間で炉をたくから、夏場は刀を打てない」と苦笑いする。
刀を鍛錬する工程では玉鋼を熱して半分に折り返し、たたく作業を繰り返す。14回も繰り返すと微量成分が材料内部に混ざり込み均質化する。熱する前に鋼の周りを藁灰(わらばい)で包み、酸化ケイ素の被膜で鋼を酸化から守る。
それでも鋼の酸化は防げず、たたくと酸化鉄が表面から剥がれて鋼は数分の1に減る。この過程で不純物や炭化物が取り除かれる仕組みだ。鍛錬には鍛造に加え、精錬の効果があった。
日本刀の製造工程は現代の金属加工の基礎となっている。材料となる玉鋼の製錬や鍛造、圧接、熱処理など、構造材料の製造プロセスに通じる。
宮下さんは、「刀が戦の必需品として大量に作られた鎌倉時代が技術の最盛期。当時の技術を目指したいが、伝承が途絶えてしまった」と残念がる。
武器としての機能を極限まで追求した結果、美術品としての価値も高まった。出来の良い刀は神器として奉納され、現代まで保存されている。
スパコンで解析
物質・材料研究機構構造材料研究拠点の長井寿アドバイザー(前拠点長)らは、最新の科学で材料と製造技術の両面からこうした日本刀の謎に迫ろうとしている。「これまで日本刀の科学的研究は成分分析や金属組織の観察が中心だった。放射光施設での結晶構造解析やスーパーコンピューターでのシミュレーションなど分析技術は進化している」と説明する。
その結果、刀身中の金属組織の3次元配置や複合構造の最適化を実際に作らなくても試せるようになった。さらに「日本刀のノウハウ解明に加えて、そのノウハウを構造材料に生かすことが可能だ」という。
日本刀は次世代材料を開発する題材としても魅力的だ。一般的に構造材料は、内部が均質な金属の塊として流通する。材料内部に金属組織の配向性やムラがあると、構造体を作るメーカーとしては扱いづらい。
母材のどの部分を使っても、構造体として同じ性能を発揮できなければ、1品1品の信頼性保証が難しいためだ。本来、複合構造は生産性が下がるため敬遠される。
超高強度ボルト
物材機構の井上忠信塑性加工プロセスグループ長は、「『ハニカム』や『トラス』など、構造として強度を出すには均質な単一材料で十分だった。だが軽量化や薄肉化が進み、材料内部の組織から構造体を作り込まないと差別化できなくなっている」と指摘する。
例えば井上グループ長は、鉄の組織を一方向にそろえて、竹のような繊維状組織をもつ鋼材を開発した。繊維の引っ張り方向に破断しにくく、超高強度の締結ボルトとして応用が期待される。
日本刀は形がシンプルで複合構造と性能を検証するテーマとしてはうってつけだ。硬・軟組織の最適配置やその破壊機構を解明すれば、多くの構造材料に応用できると考えられる。材料科学と構造力学が真に融合する場となる。
IoTとの親和性
さらに鍛刀場は加工装置がシンプルであり、IoT(モノのインターネット)化しやすい。鍛錬時の圧力や熱処理の温度など、各工程にセンサーをはり巡らせれば簡単にデータを集められる。
長井アドバイザーは「鍛刀場をスマートに標準化し基礎データを集めれば、金属加工プロセスに生かせる」と説明する。
鉄鋼メーカーは製造プロセスを開示できないが、作刀工程を中心としてデータを共有すれば連携が可能。刀匠の宮下さんは「日本刀と構造材料は、互いに高め合って新しい価値を作れる」と期待する。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年5月9日