データヘルス時代の幕開けなるか。保健医療にAI活用
厚労省が推進へ初会合。20年度から情報インフラを本格稼働へ
「健康寿命」延ばせ!関連産業の定着へ
「計画は作ったけど、具体的な保健事業にはどれが有用か見当がつかない」と保険者が嘆けば、医療・ヘルスケアサービス企業は「どうアプローチしたら保険者に関心を持ってもらえるのか」と思案顔…。健康保険組合をはじめとする保険者が、レセプト(診療報酬明細書)と健康診断情報を組み合わせる「データヘルス」。厚生労働省は2015年12月、経済産業省の協力を得て、保険者と企業の接点を設ける見本市を初めて開催。両者の協働は、日本人の健康寿命延伸と関連産業が定着するエンジンになるか。
「データヘルス」は、厚生労働省が保険者に対し実施するよう働きかけている医療費適正化策のこと。保険者は加入者がどんな病気になり治療を受け、薬を処方されたかのレセプトデータと、各種の健康診断データを持つ。この両方を合わせて分析すれば、効果的な保健事業ができるはずだと考えたのが発端になっている。
13年の成長戦略で保険者に計画策定を要請し、15年3月までにほぼすべての健保組合が策定を終えた。ここまで政府が音頭を取るのは、国民医療費や社会保障費をこのまま増加させていれば、医療財政、国家財政が傾きかねないとの危機感が第一にある。
80代から外来より入院の割合高まる
そして増加傾向を因数分解していった時、日本人1人当たりの医療費は、70代まではおおむね外来ですんでいるのに対し、80代以降は入院の割合が高くなっている点に行き着く。日常生活を支障なく暮らせる期間を「健康寿命」とし、平均寿命との乖離(かいり)を極力縮める発想に立った。
誰もが病気や衰えを抱えるが、「あのおじいさんは昨日会った時も相変わらず元気に出かけてたけど、さすがに亡くなったのは天寿だね」という状況が、一つの理想となる。
そのために企業や役所を退職した後もやりがいをもって働き、生きることができるよう、またそうした状態にスムーズに移行するために現役時代から取り組めるよう、官民で方向転換していく。
これは経産省がアピールしている。そして健康寿命が延び、平均寿命に近づく。それを日本全体でもっと増やそうとするツールの一つが、データヘルス計画と関連産業の育成だ。
健康寿命と平均寿命の乖離は、13年の段階で男性が約9年、女性が約12年。厚労省と経産省がタッグを組んだ挑戦でもある。
世間の認識より大きく捉える
厚労省は「保険者が保健事業をする時、『他の健保組合も使っていますよ』と言われて機器やサービスを出されても、どういうものか体験しないと分からない」(保険局医療介護連携政策課医療費適正化対策推進室)と見て、12月に見本市を初めて開催。5000人以上が来場登録し、東京都心の会場には入場できない人も出るほどの混雑となった。
見本市では、出展者から「他の同種の展示会に比べ、明らかに来場者と出展者が多い」(セイコーエプソンの伊藤紀道ウエアラブル機器事業部S営業部リーダー)との声が聞かれた。「事業に対し、参加率の向上や推進する上での人材集めに苦労している保険者が多い。わが社も含めたさまざまなソリューションは、ツールとして良い」(同)と受け止められている。
脈拍計測機能付き活動量計と専用アプリケーション、保健師や管理栄養士による指導の三つを組み合わせたプログラムを打ち出す。「デバイスだけでは、高い・安いの話になる。ソリューションを提供し、今ここで食い込まなければ」(同)と意気込む。
「データヘルス計画やヘルスケアは、世間の認識より大きく捉えていい。我々にとっての切り口はメンタルヘルス」。厚労省と保険者の発想より広く取ろうとするのが、NECソリューションイノベータ(東京都江東区)の柴田学パブリック事業本部第一医療ソリューション事業部長だ。
同社は見本市で「メンタルヘルスケアサービス」をアピール。12月に義務化されたストレスチェック制度とメンタルヘルスに主眼を置いた。
従業員のストレス状況を把握するだけでなく、認知行動療法をベースにした従業員自らのケア機能、職場のストレス状況の可視化機能などを組み合わせ、現行制度に合わせながら、保健事業の選択肢を増やそうとする。
生活習慣病予防に照準
日立製作所と東芝は自社で実施する健康管理の仕組みを企業や自治体、健康保険組合向けにそれぞれサービス化した。日立のクラウド型健康支援サービス「はらすまダイエット」は、内臓の周囲に余分な脂肪がつくメタボリック症候群(メタボ)対策に重点を置き、内臓脂肪を無理なく減らすダイエット手法として同社の産業医が考案した。
メタボは脳梗塞や心筋梗塞、糖尿病など生活習慣病のリスクを高めることから、メタボ対策は”医療費ダイエット“にも大きな効果がある。
同サービスの参加者は90日間で体重の5%を減量することを目標に設定する。減量するには摂取カロリーを抑えるか、運動などによってカロリーを消費する以外に道はない。
減量を継続しやすくするため、同サービスは「100kcalカード」を活用。カードには食事のカロリーや運動消費カロリーなど100キロカロリーを減らす目安が記されている。参加者は取り組めそうなカードを選択して行動目標を定める。
参加者が体重や歩数、カードの実施状況をシステムに入力し、特定保健指導の指導者も同じシステム画面を確認する。管理栄養士や指導者は支援メールなどを参加者に送付する。支援メールは参加者の状況に応じてシステムが自動生成するため、指導者の作業負担も軽減できる。
指導者の面談が必要でない参加者向けにはeラーニングによる学習機能なども搭載し、指導者がいなくても手軽にサービスを導入できるようにした。現在200団体以上が利用し、年間1万人のユーザーがダイエットに取り組んでいる。
一方、東芝は糖尿病対策に狙いを定めたサービスを提供する。東芝の健保加入者30万人の実証成果に基づいて実用化した「糖尿病重症化予防ソリューション」は、健診データとレセプトデータから糖尿病のハイリスク者を抽出する。糖尿病は重症化によって人工透析などが必要になれば、医療費が跳ね上がる。
「予防や早期治療など重症化を予防するための対策が確立されており、取り組みの費用対効果は大きい」(相田聡東芝ヘルスケア社ヘルスケアIT推進部eヘルスソリューション部長)とみる。
同ソリューションは健診・レセプトデータを分析し、重症化する可能性が高いにも関わらず治療を受けていないハイリスク者を絞り込む。抽出したハイリスク者に対する治療などの介入効果を予測するほか、医療費低減のシミュレーション分析も可能だ。
東芝グループでは現在、高血圧と高脂血症についても未受診・治療対象者の抽出・分析を実施しており、外部向けサービス化も検討している。
節約費が分かる
日本医療データセンター(東京都港区)は、「健康年齢」を切り口にサービスを強化する。健診の数値と医療費を分析し、個人ごとの健康年齢を簡単に算出できるシステムを開発した。
個人が健康度を把握できるだけではなく、例えば実年齢が50歳で健康年齢が55歳だった場合、(健診の数値の良化などによって)健康年齢が下がれば年間医療費をいくら抑制できるかまでを分析できる。
京セラも日本予防医学協会と連携し生活習慣改善支援サービス「デイリーサポート」を始めた。開発したウエアラブルデバイス「ツック」で歩数や消費カロリーを測定し、毎日の活動量や睡眠、食事といった生活習慣と内臓脂肪の状況を見える化する。
デバイス装着者を担当する保健師はその活動データを確認し、指導メッセージを個別に送信。セルフケアだけではなく、専門アドバイスを加えることで生活習慣の改善効果を高める。
(文=米今真一郎、宮川康祐)
日刊工業新聞2016年1月1日
※内容肩書きは当時のもの