【囲碁棋士×AI棋士#03】Zen開発者、称賛するようなことはしてくれるな
加藤英樹氏に聞く「在野研究の振興より先にやるべきことがある」
深層学習、スマホに搭載
―Zenもサービス化に向け、計算資源の制約があります。
「深層学習自体は数年後にはスマートフォンにも搭載されるだろう。深層学習の学習は難しくても、(学習結果を使った)推論はできるようになる。現在は浮動小数点のものすごい量の計算をしているが、新しい計算手法が出てきた。計算量は減らせる」
「いまは32ビットだが、16ビットは確実に、おそらく8ビットまで落とせるだろう。消費電力は10分の1以下になる。深層学習用のチップの開発も進んでいて、アナログ式も出てくる。任天堂の次期携帯ゲーム端末にもハイエンドなビデオカードが入る。電池の持ちは心配だが、スマホでも深層学習の人工知能(AI)は動くようになる」
―棋士からのニーズで多いのが、手を議論できるAIです。AIの思考がわかれば指導碁に使えます。ビジネスインテリジェンス(BI)ツールなどの可視化ソフトは有効ですか?
「BIツールである程度はいける。Zenには可視化機能を入れてこなかった。囲碁AIが教育や囲碁普及に貢献するにはインターフェースが重要だ。ただ正解がない。トップ棋士は手を五つも示せば十分狙いがわかる。一般の人は読み筋や筋ごとの優劣も示した方が良いかもしれない」
「ただ勝率のヒストグラムを表示して、ある手で勝率が1%上昇しても、その一手にどんな意味があるのかは素人にはわからない。勝率も2目差で90%と、8目差でも50%など説明が難しい。AIは勝率で動くが、人間は地合いで動く。言葉に直すのはとても難しい。その点、棋士の手を理解する力はすさまじい。インターフェースはユーザーと作っていくしかないだろう」
「日本には科学がない」
―原理的に人工知能(AI)は新しい手を創造できるのでしょうか。
「創造とは既存のモノと違っていて、価値があるモノだ。AIが学習できる棋譜はデータになっているもので、人類が打ってきたすべての手ではない。棋士が思いつかない手はいくつも打っている。価値があるかは人間が決める。ただ価値があるように計算してつくることはできる。文学に例えると直木賞作品だろうか。芥川賞のように独自の世界を追求していて結果、評価されるような手は難しい。深層学習で大衆小説は書けるが、孤高の作品や純文学は難しい」
「少し詳しく説明すると深層学習は、非線形の連続関数を折れ線で近似して、多層の学習ができるようになった。ただ折れ線近似は0か1かを扱えず、論理関数を学習できない。技術者としては排他的論理和(XOR)を捨てて深層学習をとった。AIが学習する手と、学習して打つ手は境界があいまいで、完全に新しい手といえるかどうかは難しい」
―在野研究者の活躍は市民参加型の学術につながると思います。
「在野だからといって悠々自適に研究できる訳ではない。Zenが棋士に勝てるようになり成功例として持ち上げられているが、他人には勧められない。妻には『周りに踊らされているのよ』と言われている。事実その通りだ。巡り合いが大きく、(一緒にZenを開発した)尾島陽児さんや棋士の先生方、ドワンゴの川上量生会長。周囲を動かしてくれる人に恵まれた」
「まじめにコツコツやっても成功するかはわからない。特殊相対性理論も、その時期に似た論文が3報出ていてアインシュタインが最初だった。企業や大学で研究した方がずっと楽だ」
「長期の基礎研究は大学、大規模な研究開発は企業でやるべきだ。どちらも余裕がなくなっているが、在野は代わりになれない。在野の研究者を生かすにはパトロンとなる貴族や財閥が必要だ。在野の振興より先に教育など、やるべきことはある。だがたくさん研究者がいるにもかかわらず、日本には科学がない」
「社会をつくるために在野が貢献できることはあるのかもしれない。ライト兄弟もいわば在野の研究者だ。Zenは囲碁界に貢献できそうだ。AI化すれば空洞化のリスクはある。ただ棋士の先生方のように、うまく使えばともに進化できる。囲碁と同じことが他の分野でも起こせるかもしれない」
(聞き手=小寺貴之)
(おわり)