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【囲碁棋士×AI棋士#02】勝者、趙名誉名人から見たAIの本性

【囲碁棋士×AI棋士#02】勝者、趙名誉名人から見たAIの本性

趙治勲名誉名人


AIは損得でなく、自然体だから強い


 日本製の囲碁AI「Zen」は以前から実力を知っていた。6カ月前に3子を置いて棋士に勝ったが、3子は片手片足で相撲を取るようなもの。勝負ではなくレッスンだ。その碁を解説したが負ける気はしなかった。

 Zenもアルファ碁同様、石の捨て方がうまい。序盤に布石のうまさが出た。布石は私より上手だろう。序盤は私が劣勢。中盤、形勢が良くなり、楽観しながら堅めに打ち、後半は良い勝負。Zenは形勢が悪くなると悪手が出る。悪手を見て勝ちを確信した。

 反対に2局目は序盤で私がひどい手を打ってしまった。棋士として恥ずかしい。これで開き直り、(ゴルフの)OB覚悟で打ったら、Zenも気が緩んだのか、人間のようなミスをした。私は勝ちに行く手を選び、強引になってしまった。それで負けが決まった。

 AIの序盤の布石は素晴らしい。私は欲深い手を打って、相手をリードしようとしてしまう。AIは損得でなく、自然体だから強いのだと思う。真っ白なキャンバスに自由にデッサンしているようだ。創造性を身につけたように思える。

 一方、終盤は未知数だ。まだまだ精進する必要がある。これは勉強すればなんとかなる。ただ創造性の部分は鍛えるには限度がある。最初の50手は創造の世界なのだ。AIが絵画や音楽など芸術の分野でも活躍できるのではないかと思う。

AIは謙虚なままだ


 AIの台頭を恐れる考えもあるが、囲碁にとっては良いことだらけだ。トーナメントプロでは、日本でチャンピオンになっても世界にはまだ上がいる。ここにAIが入ってきただけだ。

 人間は世界チャンピオンになると、自分が最強だからとおごってしまう。AIは謙虚なままだ。チャンピオンは人間でもAIでもいい。棋士は、より強くなるためなら勉強し続ける。

 レッスンプロはAIの手を借りられる。アマチュアが強くなり裾野が広がる。指導する一人ひとりに合わせた人間味のある教え方や、かゆいところに届く指導がちゃんと評価されるようになる。

 碁は本当の面白さがわかるまで年月がかかる。例えばアルファ碁とイ・セドル九段の対局を理解できる人は世界に1000人もいない。

 私も中国や韓国のトップ棋士の対局は一度石を並べるだけではわからない。現在もトップ棋士はどんどん進化しているからだ。何度も石を並べ直して理解している。

 普通の人もAIの助けを借りて強くなれば、トップの奥深さがわかり、その魅力に一生離れられなくなるだろう。それは6カ月前のZenくらいの強さだろうか。

 囲碁の競技人口は4000万人。10億人が打つようになればまったく新しい手も出てくる。AIも強くなり、棋士はもっと勉強して高みを目指す。
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 趙先生が若かったころ日本が世界のトップでした。獲得されたタイトル数は史上最多で誰にも抜かれていません。日本が韓国や中国の台頭を許してからは「国際戦で秒読みが韓国式や中国式でになり、『日本式で』とお願いすることもはばかられるようになってしまった」と嘆きます。趙先生はいまは若手を育て鼓舞する立場です。アルファ碁が出てきて、衝撃が広がりましたが、趙先生が「AIから学ぶ。ともに強くなる」とメッセージを出すことは、本当に大きなことだと思います。「日本の囲碁は不遇の時代を歩んできた。AIで注目が集まり、競技人口も増えるだろう。これから囲碁はもっと面白くなる」と断言します。日本は棋士もAI技術者もそれを実現できる人たちが集まっていると思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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