ニュースイッチ

「JICA×企業」途上国で人材育成の新しい形を探る

ベトナムにみる異文化対応能力の磨き方
 国際協力機構(JICA)が企業のグローバル人材育成に一役買っている。青年海外協力隊などの途上国でのボランティア活動に企業の社員を派遣し、社員の語学力や異文化対応能力の向上を支援している。ベトナムの現場から現状を追った。

 「約束をすっぽかされたのは自分が悪いと気付いた」−。ベトナムの首都ハノイにある女性博物館。来館者を増やすマーケティング担当として働く凸版印刷の大庭怜那さんは、こう振り返る。

 2016年3月から1年間、JICAの企業向けボランティアに参加している。入社4年目。CG(コンピューターグラフィックス)のプログラマーとして働いていたが、社内にこもる日々。外の世界を見てみたいとボランティアに応募。ハノイに着任してみると、驚くほど異文化の壁は厚く、悪戦苦闘中だ。

 中でも依頼した約束が守られないことにストレスを感じた。しかし、相手を待つのではなく、自分が率先して動くべきだと発想を転換。今では「危ない時は自分が先回りして進捗(しんちょく)はどうですかと聞くようにした」(大庭さん)。予想外の事態が起きることが減り、業務は以前より楽になったと感じている。

 江崎グリコの橋詰緑さんは、ベトナム南部ホーチミンの農林水産物品質管理局第4支局で農産物の農薬検査などの指導にあたる。同じく16年3月から1年間のボランティアだ。10年以上、品質管理業務に従事した経験を基に、部署の課題を見つけて改善策を経営層に提言する。時にはベトナム式と日本式で検査方法が異なり、意見が対立することもある。そんな時は「違うものに合わせる」という柔軟な考えで、対立を乗り越えようと試みる。

 「自分流を押し通さず、いかに発想の切り替えができるかがポイントだ」。JICA青年海外協力隊事務局の堀内好夫専任参事は、ボランティアの要諦をこう語る。異文化という極端な環境に身を置き、企業の人材は着実に磨かれる。

ホーチミンの高島屋でうどん店



(カントー市の企業誘致を支援する須賀さん㊨)

 7月末にオープンしたホーチミン高島屋。日系百貨店らしく、地下2階では本場の日式うどんが食べられる。店を運営するのは名古屋が拠点のサガミチェーン。日本人として経営に携わる吉本康之さんは、国際協力機構(JICA)の企業社員を対象にした途上国でのボランティア制度に参加し、うどん店の運営を始める3年前にベトナム入りした。

 2013年3月、吉本さんはベトナムの首都ハノイ郊外の農村ドンラム村で観光開発に従事した。現地の飲食店は「家庭の延長線上」(吉本さん)にあり、衛生管理や接客に課題があった。観光客に来てもらえるよう、アドバイスすることが仕事だった。

 ボランティアは、現地への貢献が第一義的ではあるが、活動期間中、吉本さんは「あらゆるベトナム料理を食べ尽くした」。この経験がホーチミンで飲食店を経営する上で大きな財産になったと感じている。

 ベトナム南部のメコンデルタ沿いにある主要都市カントー市。日系企業は1社しか進出していないこの場所で、市の企業誘致の手助けをするのは三井住友海上火災保険から派遣された須賀聖さん。16年7月から約2年、ボランティアとして活動する。

 保険業界は人口減に伴う内需の縮小に直面する一方、海外では企業同士の合従連衡が進んでいる。同社も15年度に英損害保険大手アムリンを6000億円超で買収し、話題となった。「成長著しい海外事業で戦力になりたい」(須賀さん)とボランティアに応募。主な業務は、市の投資環境に関する資料の日本語訳と広報支援だ。

 須賀さんが特に意識しているのはベトナム語の習得。ベトナム人宅にホームステイし、昼も夜もベトナム語漬け。「語学の学習を通じ、海外といえどもローカルに根付いた人材になりたい」(須賀さん)と目を輝かせる。

 JICAのボランティア制度が、企業の社員をグローバルに羽ばたかせる跳躍台になりつつある。

<次のページ、JICA青年海外協力隊事務局長インタビュー>

2016/11/9/10/15
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
JICAは最近、地域の金融機関と相次ぎ連携している。ローカル×グローバルの文脈の中で地方の優良企業の海外進出の支援もより積極的に。

編集部のおすすめ