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日本の原発輸出は再び動き出すのか

日本・インド「原子力協定」締結。過去の新興国での失注を振り返る
日本の原発輸出は再び動き出すのか

モディ・インド首相を出迎える安倍総理(首相官邸のホームページより)

 日本からインドへの原発輸出を可能にする「原子力協定」が両国政府間で締結された。 日本が核拡散防止条約(NPT)未加盟国と同協定を結ぶのは初めて。インドは原子力協定締結を急いでいた。脆弱(ぜいじゃく)なインフラが経済成長を妨げる中、モディ首相は原子力や太陽光発電を大規模に導入し、2050年までに総電力の25%を原発で賄う目標を打ち出した。しかし、日印原子力交渉の停滞が目標達成の障害になっていた。

 インドは米国やフランス、韓国など8カ国と原子力協定を締結している。米国とは2008年に協定を締結したが、その後に意見が対立。今年1月にようやく最終合意に達し、米原発メーカーによるインド進出に道が開けた。だが、米原子力大手ウェスチングハウス(WH)は東芝傘下にあり、同ゼネラル・エレクトリック(GE)は日立製作所と合弁を組む。

 原発建設には日本企業だけが有する技術・部品を使う必要があり、日印の協定が締結されない限り、これらの米企業もインドで原発を建てることができない。日印の経済界は原子力協定を前提とした原発プラント建設などの面で協力に取り組むよう求めていた。

 一方で、日本の原発産業はプラントメーカーが手がける燃料事業の統合を動き出し、東京電力の経営改革の議論も本格的にスタート。再び“オールジャパン”による再編機運が盛り上がってきている。

「3.11」前の“原発ルネサンス”


 日本勢が新興国の原子力発電所建設プロジェクトの受注に相次ぎ失敗した。勝ったのは政府が全面支援に乗り出したロシアや韓国。世界で原発回帰が進む“原発ルネサンス”を追い風に国内プラントメーカーはグローバル産業になるはずだったが、「民力」の限界を露呈した。官民ともに戦略の練り直しを迫られている。
 

韓国が獲得。日立は到底のめない要求


 「最初は韓国が受注するなど誰も思っていなかった」―。アラブ首長国連邦(UAE)アブダビの原発建設プロジェクトに応札していた日立製作所。中西宏明副社長が劣勢を感じとったのは昨年11月末ころからだ。

 日本の原発関係者の間では、フランスを最大のライバルと見ていた。日立は米ゼネラル・エレクトリック(GE)などとの民間企業連合で応札。フランスも当初はアレバが取りまとめ役だったが、「途中からEDF(フランス電力公社)主導になり政治色を強めてきた」(中西副社長)。

 ターニングポイントになったのはアブダビから届いた最後の選定要件レター。そこには日立・GEが到底のめない要求が書いてあった。「発電所の保証期間のコミットメントが60年。しかも機器以外のトラブルでもベンダーに負わせる条件だった」(交渉関係者)という。

 その内容は、落札者選定の最終局面で出てきた。韓国側が保証期間、受注価格で破格の提案をしたのは間違いない。韓国は当初から韓国電力公社を窓口に、李明博大統領が全面的に支援する“政治決着”に持ち込んだことが成功につながった。

 「世界で最も建設リスクが高いのは米国」(沢明三菱重工業常務執行役員原子力事業本部長)。しかしアブダビの案件は、米国での設計・調達・建設一括請負(EPC)契約でもありえないほど受注側がリスクを抱え込むスキームだった。「特に新興国は政府が最終的な保証の受け皿にならないとビジネスは難しい」(中西日立副社長)。

 その“日の丸原発”の最初の成功モデルになるはずだったベトナム。経済産業省などが旗を振り、国内主要原発プラントメーカーなどが参画した協議会を発足。オールジャパン体制で原発をアジアへ輸出する計画を進めてきた。

 日本政府はベトナムと原子力協力文書に署名。人材育成やインフラ整備などの支援を約束。ベトナムの政府高官も日本の炉型技術を高く評価し受注目前とみられていた。ところが、昨年12月にロシアを訪問したベトナムのズン首相とプーチン首相が覚書を調印。ロシア側は「潜水艦や原油・天然ガスの販売という“アメ”」(国内プラントメーカー幹部)を出して流れが一気に変わったようだ。

企業の結束力は固くない


 もちろん日本政府の力不足は否めないが、実はオールジャパンと呼べるほど民間企業の結束力は固くなかった。表向きは情報を共有化するなど連携体制をとっているが、受注が決まるまでの事前協力に限ったもの。プラント建設になれば、どこかが主契約者となり主導権を発揮することになる。

 ベトナムでは、三菱重工業は北海道電力泊3号機と同じ加圧水型軽水炉(PWR)と次世代の改良型加圧水型軽水炉(APWR)を提案、東芝や日立は改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)で受注を狙っていた。BWRの場合、国内の原発で東芝と日立が共同作業するケースも多く、比較的連携はうまくいくかもしれない。その場合、三菱重工は一部機器の生産など協力が限定的になる。

 逆にPWRになれば、三菱重工が前面に出て、建設会社なども引き連れて行くことになる。また東芝傘下のウエスチングハウス(WH)が新型PWR「AP1000」で、独自にベトナム政府に接触していた形跡もあり、各社は同床異夢の状況だった。

 経産省はベトナムの案件をひな型にして、タイやインドネシアなどほかのアジア諸国への拡大を期待しているが、あるプラントメーカーの幹部は「オールジャパンはベトナムだけ。それ以外の国は個別に受注活動を進める」と素っ気ない。

 しかもアブダビプロジェクトを受注した韓国斗山重工業に対し、東芝とWHはポンプなどの技術を供与する。東芝は韓国が落札することを、どこまで本気で考えていたかは不明だが、結果的に側面支援することになり、日立などには不満が渦巻いている。

アジアにおける利権争奪戦


 ただアブダビ、ベトナムと連敗したことで、オールジャパンのあり方を、もう一度見直す機運が官民で高まり始めているようだ。日立の川村隆会長兼社長は「新興国向けのプロジェクトを応札する公社なども今後は選択肢になる」と指摘する。

 国際原子力機関(IAEA)は昨年、原子力発電の中期見通しを上方修正した。伸びるのは東アジアで、逆に先進国は金融危機のつめ跡が深く、「米国などは今すぐどんどん新設するという雰囲気にない」(佐々木則夫東芝社長)。

 しかも東芝が米テキサス州で受注したプロジェクトで中止リスクも浮上している。発注先の米電力会社2社のうち1社が建設費が想定より高くなることを理由に離脱を検討中。また日立・GEは新型の大型単純化沸騰水型原子炉「ESBWR」の採用が米の複数の電力会社で取りやめになった。その分、より新興国市場への期待が高まる。

 日本勢は当面、ベトナムの第2期工事(2基)などの獲得を目指すが、アジアにおける利権争奪戦を勝ち抜くのは容易ではない。東芝は昨年、原子力畑を歩んだ佐々木氏が社長に就任。日立もこの4月にアブダビ案件などを仕切ってきた中西副社長が社長に昇格する。利害関係をどう解きほぐすか。「民」からの変革も必要になる。

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永里善彦
永里善彦 Nagasato Yoshihiko
かねてから両国の経済界は原子力協定を前提として日本の原発技術をインドに供給することを求めていたのでこのニュースを歓迎したい。インドはムンバイとその周辺部を除いて電力供給は極めて不安定である。加えて、今後、中国に次いで経済発展が見込まれるインドでは、それに見合う安定した電力インフラの拡張が不可欠である。東電の痛ましい事故を経験しているからこそ、その学習効果を踏まえた日本の安全な原発技術を供給すべきである。それは、インドのネルギーインフラに資するとともに、リスク管理を含むソフトとハードの日本の原発技術を深化させ、継承者を育て保持することに資するからである。

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