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スマートグラスは地方創生・教育改革の起爆剤になるか?

AR(拡張現実)の未来 「セイコーエプソン×ニュースイッチ」

子供たちのアイデア「魔法のメガネ」


 本日はエプソンのお膝元、諏訪市の観光・教育に関係する方々にもお越しいただいています。まずは観光での具体的な活用事例をお聞かせいただければと思います。

片桐 諏訪市は昔からある観光資源を生かし、ブランドを再構築していく取組みを実施しています。ビッグサイトで行われた観光イベントでお披露目したのですが、4Kを使った観光プロモーション映像を作成し、エプソンさんのスマートグラスを使って体験していただきました。

小林 また全国的に有名な御柱祭は7年に一度しかないので、知名度はあるけれども活用ができていませんでした。例えば諏訪大社に行った時にスマートグラスで祭の映像を見ながらガイドが説明をするなどが考えられます。また外国人観光客も増えているので、スマートグラスでの多言語対応も期待できます。

 どの地方でもARなどを使いだすと、似たような事例が増えて「ARを使っている」ということが必ずしも特色ではなくなってきますよね。津田さんは地域の差別化についてどうお考えですか。

津田 差別化というより、私たちは最終的に、旅行者がマイスマートグラスを持って観光マップのように目的地のアプリをダウンロードして使ってもらうという世界を作っていきたいと思っています。

 一方、教育現場でもプログラミングが広がるなど、テクノロジーを導入しようという動きが出てきています。企業側としては、教育現場とつながることはどのような効果を生んでいますか。

津田 私たちとしても、エンジニアの教育の一環として参加させていただいています。真剣に子供たちとハッカソン、アイデアソンをしています。スマートグラスのような新規事業では既存の開発プロセスに則ったやり方ではなかなかアイデアが出てこない。現場で使いながら、新たな発想が生まれてくるものです。

 本日は諏訪市立高島小学校から大畑先生にお越しいただいています。高島小学校は津田さんの出身校でもあり、全国的に見ても非常に革新的な教育をされていると伺っています。スマートグラスの活用事例をご紹介いただけますか。

大畑 学年行事のキャンプ学習では星空観察をするのですが、天気が悪いと見られないんです。このことをエプソンさんにお話ししたところ、いつでも星空をスマートグラスで体験できるようにしようということになり、ここから活用がスタートしました。

 翌年には森林学習があり近くの山の展望台に上るのですが、スマートグラスを体験した子供たちから「スマグラ使ったら山に登れないおじいちゃんおばあちゃんでも展望台の景色が体験できるんじゃない?」という意見が出ました。ここから「森と友達になれる魔法のめがねを作ろう」という取組みを進めています。

 子供たちの反応はどうですか。

大畑 「森の季節の変化をスマグラで表現しました。とにかく自分のアイデアを出し切って活動できました」「今日のアイデアソンは仲間とよく話し合っていいシナリオのプレゼンが考えられた。次は他のチームとプレゼンをし合いたい」などの感想が子供たちから出ました。情報技術が子供の学びを深めていく手ごたえを強く感じています。

 また学校現場では集団教育の場面がまだまだ多いのですが、生徒一人ひとりの見える化という点でもスマートグラスを使った授業は役立っています。

 行政としては、どのように企業が関わってきてもらえると動きやすいですか。

小林 観光の分野から言いますと、地域間の差別化に加え、旅行者のニーズが移り変わるのが早いので、そこにどう対応していくかがポイントにもなってきます。「アイデアとして持っていても、それを生かす技術がない」ということも多いので、新しい技術を提案していただけるとマッチする可能性があります。

津田 新たな技術を取り入れるのって結構手間がかかります。それを熱意を持って一緒にやれる人が行政側にいるかどうかも重要です。

スピード感についていけるかどうか



 津田さんはもともと有機ELの開発に携わっていましたね。

津田 2011年に最初のモデルを出したのですが、その前の年にエプソンは1000億円の赤字を出し、事業の構造改革が必要になりました。その中でも「将来につながるコア技術は切ってはいけない」という思いがありましたが、これまでエプソンが培った有機ELの技術を残したい、そのためにはエプソンでしか作れない物を作って新しい市場を創ろうと始めたのがシースルーのスマートグラス。

 そこからお客様とコミュニケーションを取っていくと、「ファーストペンギン」と言われる新しいものに挑戦しようという方が必ず現れるんです。このスピード感についていけるかどうか。

 これまでの時代、大企業がベンチャーに対して優位なのは資本力と製造力だと思うんです。でも今は資金調達の方法はたくさんあります。大企業がベンチャーのように早いサイクルで良い物を創り上げ事業を回していかなければならない。スマートグラスに関しては試行錯誤があったにせよ、そのサイクルを早く回してくることができました。ここが、私達が目指してきた部分であると思っています。

 ARやスマートグラスの未来はどう考えていますか。

津田 日本が一番メガネをかけている方が多く、50%と言われていますね。スマートグラスは老眼などの影響も受けず、目に優しい。これがポケットに入る大きさになれば、スマートフォンを超えるんじゃないかなと思っています。

 国内電機メーカーをとりまく環境は激動の時代を迎えています。エプソンの戦略と、今後の展開についても教えてください。

津田 今回このスマートグラスを開発するにあたって、「オープンクローズド」という戦略をとってきました。Moverioは複合技術で作り込まれています。これは複合技術です。

 ハードウエアのコア技術はもちろんクローズ。ですがソフトウエアの部分はBtoC向けとBtoB向けで分けて考えています。BtoCの方はお客様の方で自発的に広げてもらおうと言うことであるレベルまではオープンにしています。BtoBの方はクローズできちんとエプソンでつくり込んでいく。

 いまBtoBが非常に面白くて、現場の作業者が簡単に作業改善していけるアプリを作りました。今はITの専門家が作ったシステムに沿って作業をしていますが、現場の声が吸い上げられないので不満もあるかと思います。現場がツールを手に入れると、昔やりつくされてきた改善活動がまた進んでいくんです。

 そのあたりは諏訪にいるエプソンだからこそできる、という点もあるでしょうね。本日はありがとうございました。
ニュースイッチオリジナル
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
ディスプレーの担当記者時代だった12、13年前。エプソンを熱心に取材していた。当時、有機ELは未来のディスプレーとっして各社が研究開発に力を入れ始めた頃で、コダックなどが特許技術を持っていたが日本ではエプソンがかなり先頭を走っていた。大型に向く高分子にこだわり、いずれテレビなどの展開も想定していた。エプソンの液晶事業は巡り巡って今はジャパンディスプレイにたどりついたが、有機ELはその後も自社で持ち続け試作ラインもまだ持っていることに驚く。韓国勢がアプリケーションでいち早くスマホを開拓し、先頭ランナーになった。エプソンはデバイス事業に大きく投資するわけにもいかずアプリ展開のところで苦労したが、このスマートグラスで日の目を見ることになるとは自分自身もとても感慨深い。     

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