「食の都・東京」に進出する地方の名店が大切にしてほしいこと

お客さんと一体になってつくる美味しさは「作法」から

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 いわゆるB級グルメにしか縁がないが、たまに東京に出張すると地域性を超越した“食の都”ぶりに驚かされる。大阪の『新梅田食道街』にあるお好み焼き屋も、名古屋で有名なみそカツ屋も東京に店を出している。

 東京駅周辺には特に地方の名店が多い。遠出をせずに、さまざまな味を堪能できる環境は他の都市にはないものだ。味自慢の料理人にとっても、国内だけでなく世界の美食まで集まる街で競争することは魅力だろう。

 ただ、せっかく進出しながら目的を見失っているかのようなケースが散見されるのは残念だ。関西の著名ラーメン店は東京にいくつも店を構えるが、スープの味付け、麺のゆで具合など店によって味が異なる。本店のファンにはすぐ分かる。

 地元で高級感を売りものにしている店が、東京の地下街のフードコートで屋台のような店を出していた時もショックを受けた。名店の料理は創業者の哲学や店の歴史とともに味わうもの。しかし東京店には、そうした食文化がない。

 テナント料も人件費も高い東京では、地域での成功を簡単に再現できないのだろう。味を守る料理人の確保も難しいかもしれない。だが同じ名前の東京店が、本店の看板を傷つけるようではいけない。

日刊工業新聞2016年6月23日

COMMENT

土田智憲
かねひろ

以前、シアトルにて、すきやばし次郎で修行されたという方がやっているお寿司屋さんで、お寿司をいただいたことがある。そこでお隣になった現地の方が、出てくるお寿司に目を輝かせ、手をあわせ「いただきます」と言わんばかりに手を合わせ、一貫一貫、大事にだいじに食べていらした。それを見て、僕もあらためてお寿司とまっすぐに向き合い、一貫一貫お寿司をいただいた。単純に味だけでない、お店もお客さんも一体になってつくる美味しさ。この「作法」のようなもの。環境をつくっている仕組みのスケールアウトは、ビジネス展開をするときに、地理的制約のハードルを越えやすくなった一方で、より注目していく必要があるように思う。

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