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カルピス売却で味の素が得たもの

「確かなグローバルカンパニー」になる権利手にする
カルピス売却で味の素が得たもの

味の素の西井孝明社長(統合報告書より)とカルピス(公式ホームページより)

 味の素グループは、アミノ酸をコアに「食」「バイオ・ファイン」「医薬・健康」の3つの分野を拡大することをもって、「グローバル健康貢献企業グループ」の実現に向けて成長を続けている。うま味調味料「味の素」の製造販売会社から、「グローバル健康貢献企業グループ」として成長を続けている過程を、M&A(組織再編)の観点から見てみよう。
味の素が行った主な組織再編
年月 内容
1987.6 クノール食品を子会社化
1989.9 ベルギーのオムニケムの全株式取得
1999.12 ヘキスト・マリオン・ルセルから輸液・栄養医薬品事業を買収し、味の素ファルマを発足

2000.5 米国モンサント保有の欧州甘味料合弁会社ニュートラスイート(現・スイス味の素)およびユーロ・アスパルテーム(現・欧州味の素甘味料)の全株式を取得
2000.10 冷凍食品事業を分社化し、味の素冷凍食品に統合
2001.4 油脂事業を分社化し、味の素製油に統合(現・J-オイルミルズ)
2002.12 鈴与グループ各社などから清水製薬(味の素メディカ)の全株式を取得
2003.2 日本酸素から味の素冷凍食品がフレックの全株式を取得。同年4月に味の素冷凍食品はフレックを合併
2003.7 アミラム・フランス保有のうま味調味料の生産・販売会社であるオルサン(現・欧州味の素食品社)の全株式を取得

2006.1 ダノン・グループから香港の食品会社アモイ・フードおよびコンビニエンス・フーズ・インターナショナル(売上高7億300万円)の全株式を約273億円で取得
2006.5 ギャバン株式を17億円で55.4%取得
2007.2 ヤマキ(売上高396億円)の発行済株式33.4%を取得
2007.10 90年に筆頭株主となったカルピスを完全子会社化

2010.4 味の素製薬(09年12月設立)に医薬事業、並びに味の素ファルマおよび味の素メディカを統合
2011.11 味の素アニマル・ニュートリション・グループ(11年9月設立)に飼料用アミノ酸事業運営を移管
2012.10 カルピス(売上高1704億円)の全株式を約1200億円で譲渡
2013.11 米国のバイオ医薬品の開発・製造受託会社であるアルテア・テクノロジーズ(現・味の素アルテア、売上高5300万ドル)の全株式を約160億円で取得
2014.11 米国のウインザー・クオリティ(売上高6億7000万ドル)を約840億円で買収

 上記表のとおり、味の素のM&A戦略は87年6月クノール食品の買収に始まった。その後、89年9月ベルギーのオムニケア、13年11月アルテア・テクノロジー、14年11月ウインザー・クオリティなど、海外企業のM&Aを積極的に行っている。一方で00年10月、冷凍食品事業を分社化し、味の素冷凍食品に統合するなど、グループ内組織再編による組織体制の効率化にも余念がない。

メガブランドは利益で足を引っ張っていた


 ここで特筆すべきは、07年10月に完全子会社化したカルピスを、わずか5年でアサヒグループホールディングスに全株式譲渡している点である。カルピスは日本国民が慣れ親しんだメガブランドであり、ボストンコンサルティンググループが開発したプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントでいうところの「金のなる木」に属する事業であるといえるだろう。

 カルピスの完全子会社化も株式全部譲渡も中期経営計画に基づいて判断されたものである。着目すべきは、「確かなグローバルカンパニー」になるという点である。味の素では、具体的に16年度に営業利益910億円(営業利益率8%)およびROE9%、20年度以降に営業利益1500億円(営業利益率10%)およびROE10%以上を目標としている。

 11年3月期における国内食品事業とカルピス単体を比較してみると、国内食品事業の営業利益率6%に対し、カルピス単体は4%、味の素の連結ベースでのROE5%に対し、カルピス単体3%とグループ全体でやや見劣りしていたことは確かである。


営業利益率、RORは一度も下がらず


 では、カルピスという利益やキャッシュを生み出せるメガブランドを手放したことが正解だったのか、各指標を期間比較し考察してみる。

 カルピスの売却前後である12年3月期と13年3月期を比較してみると、営業利益率が6.1%→7.1%に、ROEが6.9%→7.8%に上昇していることが見て取れる。この上昇は、アベノミクスにおける円安の影響、その他事業の好調の影響も当然含まれているものの、カルピス売却による効果が出たと言えるであろう。

 カルピスの業績の影響が完全になくなった14年3月期においては、13年3月期に比べて各指標は下落しているが、これはバイオ・ファインセグメントにおける飼料用アミノ酸の販売価格の大幅下落により、営業利益が前期比54.6%下がったことによる影響といえ、カルピスを売却した影響によるものではないといえるであろう。

 15年3月期および16年3月期には再び各指標上昇している。これは、円安の影響、14年11月5日に全持分を取得した米国の冷凍食品の製造・販売会社であるウィンザー・クオリティ・ホールディングス(現・味の素ウィンザー)の連結子会社化の影響および、ブラジルのアリメントスの持分売却による特別利益計上の影響である。

 14―16年度中期経営計画最終年度の17年3月期業績予想では、今後円高が進むとの予測から、営業利益率7.7%、ROE8.1%を予想として立てており、16年度に営業利益率8%およびROE9%という中期経営計画目標値は未達になる予定である。しかしながら、営業利益率およびROEはカルピス売却前を一度も下回っていないことが分かる。


 続いて株価に着目してみると、カルピス売却プレスリリース前日12年5月7日から、カルピス売却の影響が完全になくなった14年3月期決算短信公表日の14年5月8日までに、1043円→1524円と1.46倍になっている。

 そして、14年11月ウインザー・クオリティ買収により、株価が2600円を超える水準まで上昇させることに成功している。これは、味の素の経営意思決定に対し、株主からの信認を得られている証拠と言えだろう。

 従って、現時点においてカルピスを売却したことは、業績や株価からも正解だったといえるのではないだろうか。

(参照:Yahoo!ファイナンス)

経営戦略性の高さと実行力を見せる


 味の素グループは、「私たちは地球的な視野に立ち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働き、明日のよりよい生活に貢献します。」との理念を掲げている。日本初の乳酸菌飲料を軸としたカルピスの事業は、正に“健康”というキーワードに当てはまっていた。

 しかし、ROEなどの株主価値向上に力点を置いた経営方針の達成のためには、「金のなる木」に属する事業でも切り捨てるという大胆な決断もできる。

 味の素グループが過去に行った組織再編の歴史から、味の素グループの経営戦略性の高さおよび実行力が見えた。20年の目標に対し、今後どのようなアプローチがされるのか、非常に楽しみである。
M&A Online編集部2016年09月17日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
M&Aの世界ではPMIの面でもガバナンス面でもまだまだ巧者とは言い難い日本企業が多い中、徐々にではありますが、しっかりと世界を見据えて成長のためのM&Aを確実に積み重ねる企業も出てきました。カルピスの買収→売却が話題となった味の素グループもそんな例と言えるかもしれません。たとえ可能性のある企業でも、自らの目指すところにベストの選択でなければ再考する。その冷静さ、冷徹さが必要なんだと思います。

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