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ビジネスマンになるVR研究者たち

「結局、おっぱいは触れるのか」-起点は煩悩に応えていくこと?
ビジネスマンになるVR研究者たち

長谷川東工大准教授らのウエアラブルボディースピーカー「ハプスビート」。ライブで音楽が突き抜けていく感覚を体験できる


IKEAのカタログARを超える!?


 現実世界との融合研究も進んでいる。東京大学の五十嵐健夫教授は「研究のトレンドはコンピューターの中からリアルに回帰している」と説明する。HMDとARは68年に登場し、コンピューターグラフィックス(CG)などとしてコンピューター上で発展してきた。3Dプリンターの実用化も追い風となり、若い研究者はVRの創作感覚を現実世界に持ち込もうとしている。

 例えばARではVR家具とリアルの部屋の合成がある。家具量販大手イケアの家具の寸法や見栄えを購入前に確認できるカタログAR機能が有名だ。ただ、ARは見栄えを試せても触れなかった。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のステファニー・ミューラー助教は、ビニールパイプで家具などを組み立てられる「プロトパイパー」を開発した。銃型デバイスの引き金を引くと樹脂テープがパイプ状になって出てくる。パイプでソファや棚などの骨組みを組み立て、その場で、実寸大で、間取りや動線を確認できる。パイプ構造物にARを重ねて表示すれば、バーチャルとリアルの利点を補完可能だ。

(ミューラーMIT助教らのプロトパイパーで製作した模擬家具=同大HPより)

 東大の五十嵐教授と小渕祐介准教授らは、VRを建築と融合させた。接着剤を付けた割り箸を自然落下させ、重ねることで鳥の巣のようなモニュメントを建てた。人間はシステムがARで指示した割り箸の落下点に、割り箸を落とすだけ。「建設順序や強度設計などをコンピューターで完結させた。技能は要らない」という。

 3Dペンのように手書き感覚で建物を建てる技術も開発した。MITのプロトパイパーのビニールパイプの代わりに、金属メッシュと断熱材の複合チューブを射出する。

(五十嵐東大教授らの割り箸モニュメント。右下が内部=東大提供)

「触覚デザイナーという職業を作りたい」


 大阪大学の安藤英由樹准教授は無意識に働きかけるVR技術を開発する。内耳の前庭器官に電気刺激を与え、架空の重力を感じさせる。HMDで歩行中に刺激を与えると地面が左右に傾いたり、地面が揺れる感覚を起こせる。「グラフィクスなど五感に頼らない方法でVR体験をより良くしたい」という。

 東工大の三武裕玄助教はVRキャラクターのしぐさの生成技術を開発する。二度見や目移りなど、目は口以上にものを言う。だが、しぐさはその瞬間の意識や関心によって変わるため、デザイナーが一つひとつ動きを作ると膨大な作業になり、反対にしぐさを使い回すとパターンがわかってしまう。そこで視界や関心をモデル化してしぐさを自動生成した。近くで見ても自然なだけでなく、非言語のコミュニケーションができるレベルを目指す。

 東大の稲見昌彦教授は「身体性メディア」を提唱する。視覚や聴覚、触覚など身体的な経験を伝え、共有する技術だ。そこで慶大の南澤准教授らと触覚デザイナーの認定制度を創設する。触覚はまだ技術開発が中心でクリエーターが育っていなかった。触感表現のデザインノウハウを教え、ポストVRを支える人材を育てる。南澤准教授は「CGデザイナーのように、触覚デザイナーという職業を作りたい」と力を込める。
(文=小寺貴之)

記者ファシリテーターの見方


 「結局、そのおっぱいは触れるのか」と柔軟立体ディスプレーの研究者と話したことを思い出しました。VRを体感した男性ユーザーにとっても開発を担う男子学生にとっても根源的な欲求です。女子学生やアイドルとデートするVR作品を体験して、「お触り厳禁は拷問」ととるか、「リアルならモラルが働くから安易に触ろうなんて思わない」など、いろんな意見がありますが、前者の方が歩があると思います。安価な触覚デバイスでは弾力を再現するのは難しく、実際に柔らかい塊が必要になります。
<続きはコメント欄で>
日刊工業新聞2016年8月18日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 記事ではポストVRとして触覚とリアル融合、無意識コミュニケーションを挙げましたが、柔軟立体ディスプレーもその候補です。煩悩に応える研究は論文の題名を読んでも狙いがわからないようになっています。特に錯覚を利用する場合は原理を見つけてもデータ集めが難しいなど、科学として扱うのは大変そうでした。ただインターネットなど、新しいメディアの黎明期は男子の煩悩がそれを支えてきました。HMDなどのVRコンテンツはエンタメやゲームが大きく育つのか、しばらく煩悩に応えていくことになるのか岐路にあります。久しぶりに研究室を訪ねてみようと思います。 (日刊工業新聞社科学技術部・小寺貴之)

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