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トヨタ・東大・沖縄県警本部…産学官「事故ゼロ」へ、車両・交通データ連携で好発進

トヨタ・東大・沖縄県警本部…産学官「事故ゼロ」へ、車両・交通データ連携で好発進

データ分析から事故の頻発箇所を特定。適切な注意喚起も

産学官のデータと知見を連携し、減らせ交通事故―。トヨタ自動車が設立したトヨタ・モビリティ基金(TMF、豊田章男理事長=トヨタ会長)が中心となって沖縄県で進める産学連携プロジェクトで、事故削減に向けた成果が出始めている。車両データと交通データを掛け合わせ、運転診断や潜在的な危険箇所の把握などを実現する。1者では困難な課題も仲間と協力し、解決の糸口を見いだす。事故ゼロという難題に挑む。(名古屋・川口拓洋)

危険な地点にアラート・運転診断

TMFでは、国内外の複数の地域で交通安全や渋滞対策を進める。沖縄県で実施する「沖縄ゆいまーるプロジェクト」もその一つだ。沖縄県警察本部や琉球大学、東京大学、トヨタレンタリース沖縄、JTB、矢崎総業、トヨタ、東京海上日動火災保険が参画。計9者による産学連携プロジェクトとなっている。

沖縄では訪日(インバウンド)旅行客が起こす事故や渋滞が地域課題として深刻化している。トヨタレンタリース沖縄によると、2017年―23年10月までの期間で外国人の平均事故発生率は日本人の約3・5倍に上る。同社の野原朝昌社長は「外国人観光客は交通ルールの理解不足もあり、事故率が高く県民に迷惑がかかっている」と現状を話す。

こうした状況を改善しようと取り組むのが同プロジェクト。20年から本格的に沖縄で活動を開始した。当初はTMF、JTB、矢崎総業、レンタリース沖縄の4者が、レンタカーを借りたドライバー向けに出発前に動画を見せて危険な箇所を案内する取り組みからスタートした。その後、矢崎総業などが開発した車載デバイスで事故多発箇所にさしかかる際にアラートを出す「スマイル君」を展開。22年9月にはトヨタが参画し、車両の情報を吸い上げるサービス「T―コネクト」により、車の詳細データを取得・活用する。

出番を待つレンタカー。沖縄は日本トップクラスの貸し出し数を誇る

レンタカー2700台からT―コネクトを通じてデータを得ながら、矢崎総業のデジタルタコグラフのデータを組み合わせ、危険地点の抽出やドライバーの行動分析といった統合データ分析を可能にした。このデータを基に、ドライバーへ危険箇所の警告や運転診断などを進める。

23年2月からは沖縄県警が正式なメンバーになり、データ活用が加速。24年3月には東京海上日動が加わり、同社の持つドライブレコーダーの映像データを解析し、さらなる交通事故防止対策の実現に期待がかかる。

急ブレーキ・規制順守率などを算出、潜在リスク洗い出し

トヨタレンタカー那覇空港シーサイド店では申し込みが絶えない

ゆいまーるプロジェクトの特徴はデータ活用だ。データから危険地点を抽出し、道路などのインフラを改善したり、安全運転の状態を通知することでドライバーに行動変容を促したりしている。

トヨタでは大量のコネクテッドカー(つながる車)から得たデータを活用し、急ブレーキの多発地点や規制順守率などを算出。沖縄における危険箇所の選定を支援する。ゆいまーるプロジェクトではこれに警察からの交通事故データを組み合わせ、未然の事故防止に役立てている。

「事故データにより、実は急ブレーキでなくても事故が多発している箇所があることが分かった」と話すのはトヨタ先進技術開発カンパニーAD―V:バリューチェーン革新プロジェクトの飯潔倫(いい・ゆきのり)プロジェクト長だ。二つのデータの組み合わせることで「似たような形状の道路でも事故が多い場所と少ない場所を比較し、事故との相関関係を明らかにできる」と期待をかける。

矢崎総業などが開発した運転診断「スマイル君」

沖縄県警でも同様に「これまでは事故データのみを活用していた。事故が集中する箇所に対して行う対症療法だった」と沖縄県警察本部交通部交通企画課の上江洲忠交通事故分析官は指摘。車両データを活用することで「潜在危険箇所に対する予防対策が可能になった」と語る。

信号の設置や反射板、滑り止めなどの設置は道路管理者である県や市町村などとの連携も必要。データで見える化したことで、優先順位を付け道路管理者に提案できるようにもなった。上江洲分析官は「車両データは全国の警察でも使ったことがない。(各社と)一緒に議論できたのが大きな成果」と話す。

ドライバーの行動変容の面でも危険箇所のデータを背景に、矢崎総業などが開発したレンタカー交通安全アプリ「スマイル君」などが効果を出している。

※自社作成

スマイル君は、直近5分までの運転を診断し、液晶画面へ投影したキャラクターの表情が1分ごとに変化する。安全運転を心がけていれば笑顔、危ない運転が混じると無表情、さらに危険な運転が続くと悲しい顔になる。

トヨタレンタリース沖縄によると、スマイル君の搭載車と非搭載車では事故率と運転挙動に明確な差が出る。20―23年の事故削減効果は日本人では搭載車の方が35%減、外国人では55%減少した。危険挙動の削減効果もあり、急ブレーキ率は日本人で55%下がり、外国人でも23%減少した。屋比久伸二副社長は「タイムリーな警告は事故防止に有効」という。

東京大学大学院工学系研究科の福田大輔教授は「研究レベルではなく、ここまで実際に産学官が連携し、交通データを事故防止に活用した事例は私が知る限り、ない」と評価する。5年目に入り多くのデータがたまってきた同プロジェクト。「今後はビッグデータ(大量データ)解析により、深掘りや細分化した分析ができるようになる」(福田教授)とさらなる進化に思いをはせる。

車載器で混雑緩和の仕掛け

日本政府観光局(JNTO)によると23年の訪日外客数は2500万人。政府は観光資源を地域活性化につなげる施策を推進している。一方で、過剰な観光客が地域の混雑や事故の要因となる負の側面も表れ始め「オーバーツーリズム」が課題となっている。

専用機器ではなく、カーナビを含む車載メディアに機能を入れ込む取り組みも進む

JTBトヨタ営業部の足立翔ビジネスプロデューサーは「沖縄では新型コロナウイルス感染症前には観光客が年間1000万人だった。今年や来年には同水準に戻るのでは」との見通しを話す。

ますます増える観光客に対して、ゆいまーるプロジェクトではドライバーの行動変容を促す。車載機器におすすめスポットを表示する機能も追加する。迂回ルートにより渋滞を緩和するだけでなく、旅行の体験価値を向上する狙いだ。足立プロデューサーは「観光と地域の共存が大切になる」と続ける。

観光庁は30年の訪日観光客数6000万人を目標に据える。沖縄だけでなく、日本の多くの観光地で事故や渋滞の問題が潜在化している。ゆいまーるプロジェクトでは、産学官の知見を結集した同取り組みを「沖縄モデル」として確立。他の都道府県へ横展開し、交通事故死傷者ゼロの社会の実現につなげていく。

日刊工業新聞 2024年07月12日

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